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仁科勝介×上田優紀。市町村1周からエヴェレストまで、若手写真家2人が旅を続ける理由

ヒマラヤの8,000m峰など極地を旅して「未知の風景」を撮る上田優紀・34歳と、日本全国1,741の市町村に始まる「平凡な日常」を撮り続ける仁科勝介・25歳。レンズを向ける対象は真逆なれど、どこか似ている写真家2人の、旅をめぐる初対談。

photo: Yuki Ueda, Katsusuke Nishina / text: Masae Wako

大切なのは、動き続けること、記録し続けること。

仁科勝介

上田さんは2019年にヒマラヤのマナスル、昨年はエヴェレストに登頂されましたよね。そういう極地の旅へ、山岳家ではなく写真家として行き始めたのはなぜだったんですか?

上田優紀

24歳で世界1周の旅をした時、アイスランドの子供にナミブ砂漠の写真を見せたんです。そしたら「何これ、何これ⁉」って目を輝かせて次々と集まってきた。そうか、彼らは砂漠を知らないんだ。

未知の風景と出会う瞬間は、こんなにも人の心を豊かにするんだ。だったら人生をかけて、その瞬間を大勢に届けたい。そう思ったのがきっかけです。カツオくん(仁科のこと)は?

仁科

学生の時に九州を1周し、もっと深く細かく日本を知りたいと思ったのが最初です。全国の市町村を歩きながら「日常」を撮る旅に出て、一巡した後は東京23区の駅とその周りの暮らしを撮影。

次は平成の合併前の"旧市町村"を回ろうと思います。約3,200もあるんですけど。

上田

面白いな。それって極論すると、日本にある日常を全部見たいってことですよね?

仁科

はい。だから僕の場合「そこへ行く」ことがすべて。つべこべ言わず足を動かして、日常に出会い続けるしかないと思っています。

上田

行かなきゃ撮れないから行き続ける。それは僕も同じかな。僕が撮りたいのは、ヒマラヤを外から眺めた山岳写真ではなく、ヒマラヤが内包する未知の風景。それは自分の足で頂上に立たないと出会えないものなんです。

仁科

その写真には「正解」があるんですか?

上田

あるとすれば、目の前に存在する自然を、100%の姿のまま持ち帰ること。つまり記録写真であればよくて、そこに表現や自分の色は要らない……要らないんだけど、僕がいいと感じた瞬間を切り取っている以上、表現ともいえるわけで。

仁科

表現と記録のはざま、ですね。僕も、基本は偶然出会った物事を淡々と記録したい。でもそのうえで少しだけ、自分がここにいた証しを写真に残したい気持ちもあるんです。目の前の事象や、撮ったことへの責任みたいなことなのですが。

上田

難しいよね。僕は去年撮れた一枚が、目指していたものに近いかもと思っていて(写真下)。

エヴェレスト
2021年、標高8,848.86mのエヴェレストに登頂した上田が、「無意識にシャッターを切っていた」一枚。

仁科

すごい!写真が生きてる感じがします。

上田

ですよね?そうなんです、結構いいんですよ。エヴェレストの標高6,500mで雪に降られて5日間閉じ込められた後に、食料も酸素もギリギリの極限状態で登頂した時の写真なんだけど、撮ったことが記憶にない。帰国して現像している最中に「こんなの撮ってたんだ」と気づきました。

仁科

頭で撮ってないんですね、きっと。

写真にも自分にも嘘をつきたくない。

上田

カツオくんが撮った海の写真で、広い絵の中に小さくクジラが写ってるのがあるでしょう?

仁科

はい、伊豆諸島の青ヶ島です(写真下)。

伊豆諸島青ヶ島
2020年、伊豆諸島青ヶ島で。「この一枚をカツオくんらしい写真にしているのは、被写体との距離感」と上田。

上田

被写体との距離感が伝わるいい写真ですね。

仁科

ありがとうございます。ただ、僕はいつも50㎜のレンズ一本で旅に出るので、そもそもこれ以上寄った写真は撮れなかったんです。

上田

僕はそこが好き。動物写真家なら600㎜のレンズでぐっと寄って撮る。でも人間の視野角に近い50㎜しかないという制限があったからこそ、「これがカツオくんの見た風景そのものなんだ」と実感できる写真になったんだと思う。

仁科

どうしよう、すごく嬉しいです。

上田

写真を見て、「この風景が地球上にリアルに存在する」と感じられた時に、人は感動するはずなんです。今の時代、レタッチ一つで青空でもきれいな光でも簡単に作れてしまう。でもそれが実在しない風景なら僕にとっては意味がない。

仁科

同感です。僕は行動や生き方そのものが写真になっているだけなので、写真に対して嘘はつきたくないし対象へのリスペクトも忘れたくない。それが「記録すること」だとも思います。

上田

ちなみに僕は最近、カツオくんのように50㎜だけで対象と向き合うことにも憧れています。

仁科

そうなんですか⁉僕はすごく怖いですよ。「ほかのレンズなら撮れたかもしれない」という可能性を捨てることなので。でも、ぜひ50㎜一本で旅してほしいですし、次の旅先も気になります。

上田

来年は北極に行く予定。トンガのクジラも砂漠もアラスカの氷河も宇宙も撮りたいし、動き続けて、この世にある自然風景を記録し続けたい。

仁科

時間が足りないですね。

上田

撮り切れない。人生短すぎて嫌になる。葛飾北斎が88歳で死ぬ時に「あと5年あれば本当の絵描きになれるのに」と言ったの、わかるなあ。

仁科

撮る対象は無限でも、僕らには限りがある。

上田

その中で何を選び記録していくのか。それは「どう生きたいか」の記録でもあるんですよね。