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幡野広志と鈴木心。ヒグマを探す旅を終えて

「ヒグマが見たい」、旅の始まりは、どちらからともなく口にした一言だった。写真家の幡野広志さんと鈴木心さんは、かねて気心の知れた仲。今までも、2人で“冒険”のような旅をしてきた。今回はヒグマを探す北海道・知床の旅を終えた2人が、それぞれの思いで3日間を振り返る。2泊3日の旅の様子はこちら

初出:BRUTUS No.879心を開放する旅、本、音楽。」(2018年10月1日発売)

photo & text: Hiroshi Hatano, Shin Suzuki

2泊3日の旅を終えて思うこと

旅を終えた2人は、女満別空港へと戻ってきた。飛行機の時間を待つあいだ、訪れた先々での思い出を反芻しながら、3日間を振り返る。

鈴木

ヒグマっていう目的は達成してない。なのにこの充実感。

幡野

映画『イントゥ・ザ・ワイルド』を観て、巨大なクマに惹かれていたんですけど。圧倒的な野生を感じたいという思いは、野付半島の鹿で満たされたかも。本州より一回り大きくて、あれは普通じゃなかった。

鈴木

目的達成だけが旅じゃないわけだしね。こうじゃなきゃダメだ、って考えだすとどんどん写真がつまらなくなる。偶然が積み重なって予定より面白いものが撮れたりするのが、ノープラン旅の良さ。

幡野

2泊3日、ほぼ前日まで翌日何するか決めてなかったけど、それがよかった。カラフトマスの群れを見たのも、猟師さんに鹿の頭をもらったのも、全部予定外でしたもんね。

鈴木

カラフトマス、すごかったなあ。今回一番印象に残ってる。

幡野

旅って、点と点をつなぐ線のことだから、その線をいかに楽しむかだと思う。確かに目的はヒグマだったけど、そこを外れても違う点があるし、違う線があって。飛行機を1便ずらしたり、宿を変えるだけでも、別の線が生まれる。

鈴木

2人で旅行に行くと、その組み合わせが倍になるんだよね。同じ場所にいても「これが面白い」って引っかかるポイントも違うからさ。

幡野

この仕事をしてると特に、旅といえば一人旅を想像しがちだけど、複数人の旅ならではの良さですよね。

鈴木

大事なのは、自分の目でしっかり見ること。旅における写真って、見ることのオマケだから。みんな、一回の旅ですべてを見ないと、って強迫観念で予定を詰め込むんだけど、また行けばいいじゃん!っていう。

幡野

本当にそう。今年の冬に、もう一回知床を旅してみたい。

鈴木

行った方がいいよ。今度はどんな予定外があるのやら。

幡野広志にとって旅とは

写真では感じることも、伝えることもできないことを体感すること

35年間生きてきて知床を訪れるのは人生で初めてだ。いつか訪れたいと言ってはいたが口先だけで本当は訪れる気がなかったのかもしれない。あるいは自分の人生が80歳まであると想像していて、平日の観光地で溢れる高齢者のように、ヒマになったら訪れればいいやと思っていたのかもしれない。

北海道の自然遺産の知床に訪れようと思ったら、東京都の自然遺産である八王子から6時間もあれば行ける距離だ。忙しいとか、お金とか、季節や天候など、もっともらしいつまらない理由を探して訪れていなかっただけだ。

25歳だったころのぼくは、理由を探して日本中を旅していた。最近は理由なく旅をしている。それは人生が80歳どころか、40歳もあやしい状況になったからだ。ぼくは癌だ、治る見込みはない。病気の話はどうでもいいのだけど、とにかく人は人生の終わりが見えてくると途端にやりたいことが見えてくる。こんかいの旅の目的は“ヒグマを見ること。”だった。残念だけどヒグマを見ることはできなかった。旅というのは目的をはたすことではない。

電車に乗り、飛行機に乗って北海道に入る、車を運転して、ヘリコプターや船に乗ってヒグマを探す。美味(おい)しい食事を食べたり、人と出会って会話をする。点と点をつなげる線を描くことが旅なのだとぼくはおもう。写真からは絶対に感じることができないことを体感できるのが旅だ。知らなかったことを知ることで知識になり、体感と交わることで経験になる。

旅は人生経験になり、人の深みを増す。生きているうちに、また知床を訪れたい。こんどは息子と妻と訪れて、また違う線を描きたい。たくさんの線を描きたい、旅をするたびにそうおもう。

鈴木心にとって旅とは

旅、度々

初めての一人旅は大学一年だった。深夜バスで音楽を聞きに広島へ。群がる鹿に追い詰められつつ、宮島の公衆トイレの屋根で寝た。星空を眺めながら寝て、天空とともに新しい一日が始まる、そんな爽快感に感動し、夏は日本一周可愛い子を撮影する鉄道野宿旅。コンビニで食パンを頬張り、公園で洗濯をする。リュックは一個。生活に必要な物はすべて町にストックされている。

旅ってなんだろう。生き物は生まれて以来ずっと旅をしてきた。それは生きるための移動、生き残るための移動だった。地球が始まって以来の環境の変化に順応してきた、御多分に洩れず人も旅をするのも必然なのだ。

全ての生き物がそうであった様に、変化していくことは楽しんでいきたい。どちらにせよ、いつか必ず終わりが来るのだから。

写真家の幡野広志と鈴木心
記念写真は、猛烈な臭いのなか硫黄山で。撮影後温泉水蒸しのゆで卵を食べつつ、地獄について語らう。(左/幡野、右/鈴木)
北海道 地図

travel information
交通/車での移動が前提。女満別空港から阿寒湖までは20分程度。知床方面へは2時間弱。
食事/地元の新鮮な魚のほか、鹿やトドを提供する店も。閉店時間が早い店が多いので注意。
季節/各地を巡り野生動物や自然を味わうなら短い夏と秋、6月~10月がベストシーズン。
見どころ/阿寒湖や知床五湖などの名所は徒歩で散策できる場所も多いが、沿岸クルーズや遊覧ヘリコプターでの海、空からのアプローチは圧巻。ツアー等の情報収集は道の駅が便利。
その他/冬期は雪に閉ざされるが、2月~3月は流氷が見られる。氷の上を歩くツアーなども。