平野太呂の写真の話。「ある視点から見て集め、並べてみる」

photo: Taro Hirano / text: Taku Takemura

なんだか変わった風景、変わった車、変わった人。同じように撮り集められたものなのに、写真家、平野太呂のアメリカの3作品はついついニヤリと見入ってしまう。その理由は、彼ならではの着眼点とルール設定にある。

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「アメリカ」を写す、きっかけの情景

POOL

空になったプールのある風景を撮りためた作品群。カリフォルニアの住宅の裏庭にあるプールは底が丸い。本来は泳ぐためのプールの水を抜き、底を波に見立ててスケーターたちが滑った。これが現在のスケートシーンを形作るきっかけとなるプールスケーティング。

真横から切り取った、車と人

LOS ANGELES CAR CLUB

世界最大級の車社会の町・ロサンゼルス。町を縦横無尽に走る、片側7、8車線もあるフリーウェイも日常の風景。そこを走る車に並走し、撮りためた作品。誰もが見逃してしまいそうな車種とそれを運転するドライバーたちの姿から、リアルなアメリカが見えてくる。

世界のエルヴィス、大集合

THE KINGS

キング・オブ・ロックンロールことエルヴィス・プレスリー。他界した今も世界中にファンや彼をまねる人は多い。命日のある8月に自宅のあるテネシー州メンフィスで開催される『Elvis Week』という祭りで、集まったトリビュート・アーティストたちを撮影した。

スケートカルチャーを通じて見えたアメリカ

これまで平野太呂が上梓した写真集の『POOL』『LOS ANGELES CAR CLUB』『The Kings』の3冊は、いわばアメリカで撮影された3部作のようになっている。被写体は違うが、同じものを撮りためて並べてみるという手法で作られた本たち。

何度も見返したり、ついつい見入ってしまうのは、平野の狙いからなのだろうか。中学生からスケートボードが好きだった彼が、1作目となるプールの写真を撮りたいと思うようになったのは、あるビデオを見たのがきっかけだったという。

「プールスケートのビデオに出てきた、空のプールがとてもきれいに見えたんだよね。プールスケーティングは今のスケートボードのスタイルを作ったきっかけにもなったもの。日本では一度も見たことがなくて、カリフォルニアに行って実物を見たら、写真に収めたいって思って。それで往年のプールスケーターのサルバに連絡をとったらプールに連れていってもらえることになったんだ」

アメリカ現地でのプールスケーティング体験は、平野がそれまでに想像していたものとは全く異なる体験だった。

「“行くぞ”と言ったサルバはスケートボードだけでなく、ホウキとバケツとでかいポンプを車に積み込んで、それで住宅街を回るんだよ。めぼしい家を見つけるとこっそり忍び込んだり、住人と交渉してプールの水を抜かせてもらったり、初めはぜんぜん滑らないでプールの掃除ばかりさせられて。でもそこで知ることがたくさんあったんだよ」

これまで平野が見てきた写真や映像に映し出されていたのはプールをかっこよく滑る姿ばかりだった。実際のプールスケーティングは、まずプールを探すところから始まる。さらに水が入っている場合は、それを抜く作業と掃除。また次に来た時に滑れるよう、住人との交渉が必要となる。裏庭にプール付きの家を建てるということは、それなりに裕福だということ。

そのプールに水が張れなくなってしまうという事実の裏に、アメリカの生活事情や時代背景があることを、撮影しながら知ることとなる。いわく、「空のプールがある家は治安の良くないエリアにあることが多い」。その後、時を経てフリーウェイを走る車を撮影する『LOS ANGELES CAR CLUB』へとつながっていく。

「プールの撮影の移動は、サンフランシスコからサンディエゴまでずっと車。片側何車線もある道をみんなが同じ方向を向いて運転しているのを見ていると、たまに面白そうな車が走っているんだよね。またその車と、運転している人との対比が良かったりして、移動中にちょこちょこ写真を撮ってたんだ。するとだんだん写真を撮りたくなる車もわかってきて。

ぶつけちゃってドアだけ交換していたり、フェンダーも交換していたりして色が違っていて、ボディが2色だとツートン、3色だとトリコロールだ!とか言いながら撮影していたんだよね。ピックアップトラックだと荷台に載っている荷物で職業が想像できるし、運転手の格好もそれっぽくて良かったり」

プールで出会ったエルヴィスのそっくりさん

では、史上最も売れたともいわれるロックスター、エルヴィス・プレスリーのそっくりさんを撮ろうと思ったわけは?

「これもプールの撮影の時だったんだけど、準備をしていたらその家の家主が来て、撮影を断られてしまったんだ。残念だけれど、退散することになって。その時、一緒にいた友人が“あいつ、エルヴィス・プレスリーのものまねやってるな”ってボソッと言ったんだよ。

たしかにリーゼントで、お腹の感じとかプレスリーに似ていて。ジャージのパンツ姿なんだけど、靴だけは尖ったのを履いていて。田舎でこんなふうに暮らしているのがリアルなアメリカなんだなって、しみじみ感じちゃってね。その後にメンフィスへ行く機会があって、エルヴィスグッズの土産屋のおばちゃんがそっくりさんを紹介してくれて、その人を撮影させてもらえることになったんだ。

約束の時間に2時間遅刻してやってきた彼がさ、短パン穿いた普通の兄ちゃんで。“あれっ、似てない!”ってなっちゃって……。でも衣装に着替えて出てきたら、ドドーン!って完全にエルヴィスになり切っていてさ。自信満々で、これぞザ・キングって感じでかっこよかった。2時間遅れたことも忘れるくらい。それで写真集にしたいって思ったんだ」

自身のルーツから、興味の赴くままにシャッターを切ってきた平野。同じ被写体を並べて見せた“3部作”を本人はどう捉えているのだろう。

「まずこの3つに共通しているところは、アメリカンカルチャーを部外者である僕が興味を持って撮影しているってところかな。アメリカ人だったら空になったプールをきれいだなって撮影しないだろうし。エルヴィスの存在はアメリカ人に染みつきすぎていて、日常の一部分になっているしね。車も見慣れた風景だろうし、撮影した車種もキラキラなクラシックカーとかではなくて、ヨレヨレに使い古されたトヨタとかで。

たくさん並べることで、だんだんどんな車が好みなのかとか、空のプールがどうしてきれいって感じるのかがわかってくるんだと思う。例えば道端の石ころとかたばこの吸い殻を撮影して並べてもそう思えないんだろうなって。たくさん撮影して回ることで時代背景とか、アメリカの変わっているところがわかってくるのが面白かったんだよね。並べて見せたのは、その結果なんだと思う」

外からでは見えなかったリアルな日常は、時に部外者にはダークに見え、違和感を覚え興味の対象となる。

「カルチャーへの入口を一つ持っていたことも大きいのかな。僕の場合はそれがスケートボードだった。スケートボードは当時メジャーじゃなかったし、ひねくれていたところが面白かったしね。その視点で“アメリカの行く末”みたいなものを、結果的に切り取れたのかもしれない」