同じチームで制作して、共有経験を重ねていく。スタイリスト・長谷川昭雄に聞く、ファッション写真の作り方
photo: Jun Nakagawa, Keiko Nakajima / text: Asuka Ochi / edit: Taichi Abe
どこかリアルから遠い世界を切り取っているかのような異質さのあった、日本のファッション写真。その不自然なシーンを刷新し、独自のスタイルを作り上げた“チーム長谷川”の写真作りとは?
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スタイリストでファッションディレクターの長谷川昭雄。彼が作るファッションページが面白いのは、それがシーンへの様々な違和感から始まっているからだろう。
「独立したばかりの頃はわからないことも多かった。だから自分の技術力を補完してくれそうな年上のフォトグラファーやヘアメイクと一緒にやっていたんだけど、なかなかうまくいかなくて。今みたいに事前のフィッティングもせず、現場でいきなりプロモデルに会うしで、上手に服を着せられない。あまり話し合うことなく髪もセットされて、服とのバランスが悪くなる。フォトグラファーも先輩で撮影の指示が出しづらかったり。毎回少し外国っぽいロケーションを探しては撮って、その場所はもう二度と使えなくなるみたいなことの繰り返しで、仕事をしながらも、何なんだろうこれと思ってた」
90年代の日本で外国からの流れの延長としてあったファッション写真の作られ方というのは、凝り固まっていたと言っていい。テーマごとに違うスタッフで、異なるイメージを求められる。そこに別の視線を注ぎ、毎回ほぼ同じチームで、普通の男の子や事務所に所属していない素人モデルで、日常的な場所で撮ることを始めたのが長谷川のスタイルになった。
「日本という国は外国への憧れが強すぎて、自国をきちんと見られていない人が多い。特にファッション業界は、パリやミラノやNYがすべてと思っていたりもして。でも、プロモデルを使って日本でそういうロケーションで撮ろうとすると、どうしても異国情緒的なものになってしまう。それが嫌でもっとそのへんで撮れないかなと、『エスクァイアマガジンジャパン』の撮影の時、フォトグラファーの白川(青史)くんと世田谷区の下馬をロケハンして、当時ほぼ起用することがなかった日本人モデルで撮った。これは面白いものができたと自分では思ったんだけど、編集部内では不評だったね」
しかし、そのページが海を渡り、イギリスで雑誌『MONOCLE』を立ち上げようとしていたタイラー・ブリュレの目に留まる。
「タイラーからすると、日本というものがすごく象徴的に写っていたんだと思う。日本のトレンド至上主義なファッションの世界は、一般男性のものからどんどん遠ざかって浮世離れしていくけど、例えば、海外にはタイラーが目指していた“年収2000万円以上の男性のファッションスタイル”のようなシーンもきちんと存在しているんだよね。ビジュアル作りってファンタジックなものだけれど、どこかリアルに根ざしたものを作っていかなければというのは、『MONOCLE』のページをやることですごく勉強になった」
共通のスタッフで制作し、共有経験を重ねていく
そして2012年、リニューアルした『POPEYE』で、目指すファッション写真はより強化される。雑誌全体を通して、毎号限られたスタイリストとフリーのファッションエディターだけでビジュアルを作り上げていくことで表れた、リアルな“シティボーイ”像は、瞬く間に世の中を席捲した。
「いろいろなフォトグラファーやスタイリストの作品の見せ合いになっているようなファッション特集は、本としても美しくない。だから『POPEYE』は、できるだけ同じチームで、巻末に細かいタイアップページがある時も、全部まとめて同じスタッフと同じモデルでやった。そうすると、クライアントは独自のページにしてほしいから嫌がるんだけど、つながったストーリーにすることでブランド同士の相乗効果も生まれるし、本自体が美しければ服も良く見える」
決まったチームによる制作のメリットはほかにもある。
「同じチームでやると、この前撮ったあの場所とか、ああいう感じというイメージの積み重ねもできる。僕は着せてみて自分自身がどう思うかを大事にしているから、とにかくまずは現場で撮ってみる。そうすると、日陰よりダイナミックな逆光の方がカッコいいんじゃないかとか、いろんな選択肢があって。どんなにセットアップしても写真で見たら何か違ったり、ヘアや光や服やモデルの表情や、いろんな要因でイメージが変わってくるんだよね。そこを諦めずにみんなで共有して何が違うのかを感じながら、探り続けることが写真の面白さにつながる。白川くんもみんなも、その作業を放棄せず、やり続けてくれるから頼もしいなと思う。でも、モデルが疲れてきちゃっていい表情にならなかったらおしまいだから、ダラダラはやらない」
ただ白いTシャツを一枚着ているだけでカッコいいスタイリングは、こうして生まれている。
「最近は、インスタグラムとファッション写真の相性が合わないように感じていて。スピード感はトレンド性やマーケティングとも合っていると思うんだけど、その逆のことをやりたい時にちょっと違うというか。スタイリングも、ディテールがうまく撮れたりすると強くていいページに仕上がるけれど、画面上だと、僕らが一生懸命こだわって作ったものが、自分らを模倣している写真と同じようにも見えてしまう。ある種、写真というものの存在意義がぶち壊されるようにも思えたのね。ページをめくるというインプットのされ方もデバイスとは違うし、やっぱり雑誌で見るのが好きだなと。そしてパッとでも見続けていても、何度噛み締めても最高だと思えるような、いろいろな味わいの加減があるのが、写真の良さだよね」
スタッフたちの証言
証言1:フォトグラファー・白川青史
ロケーションに対する考え方に共感していた。
長谷川さんとは、共通の知り合いの紹介でブックを見せに行って出会って。その日の帰り道に「明日、撮影だからすぐ戻ってきて」と電話をもらい、翌日に『relax』でスナップを撮ったのが最初。タクシーで移動中に「そこらへんの普通の場所で撮りたいんだよね」と言うのを聞いて、そういう感覚も合っていたなと思います。撮影自体はほかの現場も変わらないけれど、一緒に長くやり続けたことでイメージの共有ができているから、より早く目標に辿り着きやすい印象はありますね。
証言2:ヘアメイク・矢口憲一
写真の秘訣となるのは、ベースとなる骨格作り。
長谷川くんの撮影では、現場に行くまでモデルも内容も全く聞かされないことがあるので、俺の中で何となく勘みたいなものは強まった気がしますね。モデルにするのはほとんど一般人だから、髪を切れる。動いても、帽子を脱いでも、ベースが整っていて崩せれば、清潔感やシャープさが生まれる。そういう骨格作りが求められていると思います。一緒にモルディブへ行った時、自分の服装を相談したら「白いスーツ」と言われて、白のセットアップを持っていったのもいい思い出です。
証言3:編集者・中川 繁
自分の領域を大切にし、責任感を共有する。
決定権を持つ長谷川さんがリーダーとなって、それぞれが自分のテリトリーに集中できるのが、このチームのいいところですね。当然のことのようで、実は阿吽の呼吸で動けるような現場は稀なように感じます。編集的な立場から言うと、ワンショットで終わるチームは目標の共有が難しい。場合によっては、この4ページを雑誌にぶっ込んでやろう、みたいな良からぬ発想の人もいる。でも、同じチームで常にいい本を作る責任感を共有しているから、気持ちよく撮影に取り組めます。