退行か、進化か、
現代社会はどこへ向かっている?
私たちが生きる社会を考えるためには、前段のニーチェやマルクスらに続いて発展していった20世紀後半の現代思想について知ることも重要です。哲学は先人たちの思考を引き継ぎ更新を繰り返していくものですから。
例えば私も執筆に携わった『世界哲学史』シリーズの第8巻では、ジル・ドゥルーズやジャック・デリダなどポストモダンと呼ばれるフランス現代思想の哲学者についてまとめられています。
こうした思想は、0か1か、革新か保守か、といった二項対立的な思考ですべてをはっきりさせるのではなく、グレーゾーンのなかでダブルバインドを抱えながら生きることの重要性を示しています。
彼らが何を考えていたか知るうえで、ジル・ドゥルーズ、クレール・パルネ『ディアローグ』はおすすめです。ドゥルーズの著作はきわめて難解ですが、対談形式で書かれたこの本は2章までなら読みやすく、彼の思想が軽やかに展開されています。
例えば一つの存在にとどまらず常に別のものへ変化していく「生成変化」や逃げていくことを肯定する「逃走」といったモチーフのエッセンスがつかめるでしょう。ドゥルーズに限らず基本的に哲学書は難しいものなので、哲学者の「リズム」をつかむような感覚で読む方がいいかもしれません。
ここまで見てきたような、社会の動きに追従するのではなく、距離をとることで別の豊かなあり方を考えることが重要だといえるのは「大陸哲学」と呼ばれるフランスなどを中心とした哲学です。
他方のイギリスやアメリカではバートランド・ラッセルやドナルド・デイヴィッドソンに代表されるような「分析哲学」と呼ばれる別の哲学が主流です。分析哲学は曖昧に言葉を使うのではなく数学のように概念を一から定義しようと試みます。
曖昧さを保ちながら人間の複雑さに取り組もうとする大陸哲学と、すべてを明晰に捉えようとする分析哲学はずっと対立してきたのですが、青山拓央『分析哲学講義』のように両者を架橋するような存在も増えており、より多面的に物事を考えられるようになっています。
かように現代まで続く思想の系譜を概観することで、世間の常識に縛られずに物事を考えるための視点が得られる。それは不透明な時代を生き抜くための思考の指針を立てることでもあるはずです。
しばしば哲学は言葉遣いが難解で「机上の空論」だと思われることもありますが、これまでの世界は先人たちの哲学が構想した価値観によって作られてきたもの。
理系の学問が研究を突き詰めることで自然現象や物理運動のみならず量子論のように物質そのものを考えようとするものだったとすれば、哲学は根源的な概念を徹底して考え抜くことで人間の魂や精神そのものに直接的に影響を与えてしまう“劇薬”でもある。
他方で現在は、YouTuberやアメリカのトランプ大統領を後押しするポピュリズムに顕著なように、わかりやすくアテンションを集めるものが社会を動かしている。インターネットは社会を進化させ誰もが自由に発信できる環境を作りましたが、今の大衆化はある種の退行とも言える。
その流れに抗うために、哲学は一つの“武器”となり得るかもしれません。
周りに変えられるのではなく、
自ら新しい変化を起こすには
勉強による自己破壊しかない。
哲学に限らず、勉強することとは自分が慣れ親しんだ世間の“ノリ”から離脱することです。それは、従来の常識から離れて自己を破壊することでもある。
例えば僕の『勉強の哲学』では、周りの価値観を疑って掘り下げていく「アイロニー」と別の価値観から多面的に物事を捉える「ユーモア」という2つの軸を勉強に取り入れることで既存の価値観を相対化する方法を提示しています。
もちろん、誰もが真面目に勉強を続けられるわけではないでしょう。勉強することは読書を積み重ねていくことでもありますが、もう一歩踏み込むためには知識をネットワーク化しなければならない。そこで役立つのが読書猿『独学大全』です。
ここには勉強のステップを可視化する「学習ルートマップ」などさまざまな独学の手法がまとめられている。自分が変わってしまうことを恐れず深い勉強の世界に身を投じることで、世間に迎合も孤立もせず生きていけるようになるでしょう。