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水族館で水槽を覗くとき、魚たちもまたこちらを覗いている!?

BRUTUS No.1003「通いたくなる水族館。」に関連して、BRUTUS.jpオリジナル記事を公開。

水族館は、私たちが魚を眺めにいくところ。しかし、もし魚たちもまたこちらを眺めているとしたら──。新潟大学の川坂健人特任助教に話を聞き、「私たちが水族館で水槽を覗くとき、魚たちもそれぞれ水槽越しに私たちのことをこんなふうに見ているのかもしれない」という世界を想像した。

illustration: Kanan Niisato / text: Sara Hosokawa

水族館に足繁く通えば、テッポウウオが常連認定してくれるかもしれない!

テッポウウオと人のイラスト

水族館の常連になって毎回挨拶していれば、いつか顔を覚えてくれるかもしれない魚がいる。それは、テッポウウオだ。

テッポウウオが人間の顔を識別できる、という仮説を立証したのは、オックスフォード大学の動物学者、ケイト・ニューポート博士ら。特定の人間の顔を選べばエサを与える、という訓練を経て、その顔と別の人間の顔とを並べて見せると、81%の確率で特定の人間の方を選ぶことができたという。つまり、見慣れた人間の顔と見知らぬ人間の顔を正確に見分けることができるかもしれないのだ。テッポウウオは口から水を噴き出して狙った的に正確に命中させることができるという特性をもっているため、すぐれた視覚をもっている可能性があり、この実験の対象に選ばれたのだという。

また、川坂先生によると、魚同士でもお互いの顔を見分けられる種が存在するという。アマゾン川などに生息するディスカスという観賞魚は、顔にある模様を判断材料に、相手を識別しているのではないかという研究がある。同じように、魚同士で顔を識別しているのが、次に登場するニセネッタイスズメダイだ。

ニセネッタイスズメダイには、客が化粧をしているかお見通し?

ニセネッタイスズメダイと人のイラスト

ファンデーションや日焼け止めを塗っている人の顔が、他の人間よりもまぶしく見えているかもしれないのが、ニセネッタイスズメダイだ。

ファンデーションや日焼け止めには、紫外線を反射する成分(紫外線散乱剤)が入っていることがある。ニセネッタイスズメダイは人間には見えない紫外線を知覚しており、ファンデーションなどで跳ね返された紫外線が、眩しく見えている可能性があるのだ。

なぜ、このような特性をもっているのだろうか。そもそもニセネッタイスズメダイとは別に、見分けがつかないほど似ている「ネッタイスズメダイ」という種がいる(「ニセ」という名から察する通りである)。ニセネッタイスズメダイは縄張り意識がとても強いため、自分のテリトリーを狙う同種に対して激しく攻撃をする。そのとき、そっくりな見た目のネッタイスズメダイと同種のニセネッタイスズメダイを見分ける必要があるのだ。

その識別に関係しているのが紫外線だ。ニセネッタイスズメダイの顔の周りには、紫外線を反射する斑点模様がある。それに着目し、クイーンズランド大学の研究者ウルリーケ・ジーベックは、次のような実験を行った。

まず、紫外線を通す透明な筒と、通さない透明な筒を用意し、その中にそれぞれニセネッタイスズメダイを入れる。そして筒の外側に縄張りをもつ同種を泳がせると、それらは紫外線を通す筒の方に向かって攻撃をしたという。つまり、紫外線が当たり模様が認識できた方は同種、紫外線が当たらず模様が見えなかった方は他種、または攻撃の意図のない同種だと識別したということだ。

残念ながら、紫外線を感知することのできない私たち人間には、彼らの模様の変化が分からないのだが、彼らからしてみれば、私たちのどの顔が紫外線を反射しているのかどうかは一目瞭然なのかもしれない。

タツノオトシゴは、右目と左目で別々の客を視界に入れている!?

タツノオトシゴと人のイラスト

タツノオトシゴは目の筋肉構造が複雑で、カメレオンのように左右の眼球を別々に動かすことができる。右目でデート中のカップルを追いながら、左目では真逆の場所でべったりと水槽に張り付いている子供を追っている……なんてことがあり得るのかもしれないのだ。

右目と左目で別のものを見ることができない私たちにとっては、タツノオトシゴが見ている2つの視野が、彼らの脳内でどんな風景として再生されているのか、想像すら難しい。

川坂先生も、タツノオトシゴの見ている世界については断言できないそうだ。

「多くの魚類で目は頭の左右についていて、正面よりも側面がよく見えていると考えられています。しかし、右目と左目それぞれに映るものに同時に意識を向けることができるのか、はたまた、目には映っていても同時に意識できるのは私たちと同じく一つのものだけなのか。左右の眼球で追った別々のものが、実際に“どう見えているのか”は、タツノオトシゴに限らず明らかにはなっていません」

彼らが実際に何をどう見ているのか。世界をどう感じ取っているのか。人間である私たちには未知の世界だ。川坂先生が紹介してくれたさまざまな研究は、同じ魚類でも種によって周囲の世界の捉え方が異なるのだということを示してくれた。それは、生物学の「環世界」(生物たちがそれぞれ独自の時間・空間として主体的に知覚している世界)という概念で説明されている。普段私たちが感じ取っている世界は、他の生き物にとっては全く別の世界として知覚されているのだ。同じ空間にいても、ヒトとイヌでは異なる捉え方をしているように。

今回紹介した実験で立証されているのも、魚たちが訓練を経た後や特定の状況下ではこのような行動をするということ。それでも、もしかしたら魚たちはこんなふうに世界を見ているのかも……と想像すれば、いつもとは違った水族館が楽しめるはず。次に水族館に行くときは、魚たちが知覚している世界に想いを馳せてみよう。