「Z世代が突然スヌーピーに夢中になったのは、単にかわいいからではない」。昨年、米・NPRイリノイに掲載された記事だ。
TikTokやインスタグラムで『ピーナッツ』が大流行したこと、原画や貴重な資料を展示するシュルツ美術館が過去最高の来場者数を記録したことを報じている。子供の頃からスヌーピーに親しんできた世代が初めてその哲学的な内容に気づき、共感しているのだろうと記事は分析する。
たしかに、『ピーナッツ』が扱う題材は驚くほど普遍的だ。誰もが抱える漠然とした不安や孤独。友人、家族、恋愛などの身近な人間関係、時には性別や人種、階層の違いまで。昨年、日本でも出版された『スヌーピーがいたアメリカ:「ピーナッツ」で読みとく現代史』(著:ブレイク・スコット・ボール/訳:今井亮一/慶應義塾大学出版会)は、冷戦、ベトナム戦争、公民権運動、女性運動などのアメリカの社会的な動きへの『ピーナッツ』の応答を論じている。
そして、この作品の最大の魅力は、そうしたすべてを新聞漫画の3コマや4コマの中で、あくまでも日常の出来事として描いている点にある。人間の可笑(おか)しさや切なさを短い言葉で切り取る、まさにワンフレーズのことばの金字塔なのだ。
『完全版 ピーナッツ全集』の序文では、俳優、コメディアンのウーピー・ゴールドバーグ、『ザ・シンプソンズ』作者のマット・グレイニング、当時は現役の大統領だったバラク・オバマまで、名だたる著名人が『ピーナッツ』への愛を告白している。
イタリア版の翻訳を手がけた作家、哲学者のウンベルト・エーコも、かつて作者シュルツを「詩人である」と断言した(*1)。全集の日本版に付属する月報にも、片岡義男、池澤夏樹、佐藤良明、吉本ばなな、酒井順子、北村紗衣、最果タヒ……と、やはり各界のファンからのコメントが寄せられている。
日本においては、詩人の谷川俊太郎が長年にわたって翻訳を手がけたことも、特別な魅力を加えているだろう。『ピーナッツ』について「偉大なるマンネリズム」と評した谷川は「チャーリー・ブラウンを始めとする永久に年をとらない登場人物たちが、毎日毎日似たような喜怒哀楽を繰り返しながら生きているのを見ていると、言語や文化の違いを超えて、それがまさに私たちの生活そのものだと感じます」と綴っている(*2)。大詩人と世界的漫画家の世の中を見つめる目線は、どこか重なる。
「しあわせはあったかい子犬…」。60年代のある日のコミックの名フレーズは、幸せを表す一文とイラストが集まった一冊の絵本に発展。全世界で大ヒットを記録し、今も版を重ね、この言葉はアメリカの引用句辞典にも掲載された。ささやかな生きる喜びを巧みに捉えた『ピーナッツ』の言葉は、今も世界中で愛されている。