2021年5月10日過ぎ、〈黒木本店〉の自家農場の麦畑は、見事な黄金色に染まっていた。いよいよ、別蔵〈尾鈴山蒸留所〉のウイスキーづくりのための、二条大麦の刈り入れが始まる。梅雨の訪れが早まることもあり、今年の収穫は早かった。
麦畑の広さは17ヘクタールほど。一番いい時期に収穫しないと穂が落ちるため、機械で一気に刈り取る。〈尾鈴山蒸留所〉のウイスキーの取り組みは今年で3年目となる。その屋台骨を支える自家農場を運営するのが、農業生産法人〈甦る大地の会〉だ。
黒木信作代表が言う。「土地を耕し、種を蒔き、栽培から収穫までの作業をすべて自分たちの手で行うのは、僕らの焼酎づくりと同じ。ウイスキーは、その収穫した麦から麦芽(モルト)をつくります。農の部分から麦芽をつくるところまでを、自社で一貫して行っているのは、世界的にとても珍しいと思います」
ウイスキーづくりで重要なプロセスの一つが、麦芽づくり(モルティング)だ。スコッチウイスキーの伝統的なモルティングは、水に浸けた大麦を踏みしめながらスコップで煽るフロアモルティング。熟練の技術が必要なうえ、かなりの重労働なので、最近は麦芽メーカーに任せる蒸留所が増えている。
「そもそも、ウイスキーをつくろうと思ったときに、麦芽を買うという発想はまったくありませんでした。うちは焼酎屋なんで、麦もあるし、麹づくりのノウハウもある。フロアモルティングのように、スコップで間接的に返すよりは、麹づくりの手法で手仕事で丁寧につくったら、僕ららしい麦芽ができるんじゃないかと思ったんです」
とはいっても、経験者ゼロ。代表は、勉強と準備に時間を費やした。収穫した麦はすぐには発芽しないので、4ヵ月ほど休ませてから水に浸す。麹づくりは木箱だが、麦芽用はステンレスの箱だ。箱に水を張って麦を入れ、水を入れ替え、ムラがないよう混ぜながら浸漬させると、1日2日で発芽する。発芽に必要なのは、水と温度と酸素だ。発芽に適した温度にするため、ハウスを活用する。
フロアモルティングと異なり、ここでは麹づくりと同様に手で触れるので、いろいろな情報が手に直接伝わる。元気のあるなしがわかるし、発芽が活発で熱いと思えば、薄く広げたり、冷たいと思えば、山状に寄せて熱がこもるようにしたりと、すぐに手当てができる。手仕事ならではの繊細な心配りを施せるのである。このハウスがあるのは〈甦る大地の会〉の畑の脇。麦や野菜の栽培を担当する長田直己さんも、麦芽づくりを手伝っている。
麦の中で糖化が起こると、その糖が芽や根を出すときの栄養になる。芽や根の生長に糖を取られすぎると、アルコール発酵に回す糖が減ってしまうので、ここぞというタイミングで発芽を止める。その頃合いを見極めるのは籾の中の芽の伸び具合だという。
「実際に、籾殻をめくってチェックしています。8分の5〜3分の2まで伸びていたら、乾燥作業に移して発芽を止めます」と長田さん。
ステンレスの箱は底が網になっているので、水がさっと切れるつくり。作業効率を上げるために、ハウスの中を舗装し、フォークリフトで移動できるようにと工夫もしている。こうすることで、そのあとの乾燥作業へとスムーズに進む。乾燥機は新たにつくってもらったが、成功するかどうかわからないので、最低限の設備投資にとどめた。こうして、ウイスキーのもととなる麦芽が完成すると、仕込み作業へと移っていく。
酒づくりと農業は一体
自然との対話が基本だ
「初年度は、良いものはできましたが、香りや味わいの追求はまだまだという段階。もちろん、仕事として、アルコールの収得率など、生産性も大切です。さまざまな観点から蔵人のみんなで意見を出し合い、精度を高めているところです」と、黒木代表は語るが、8月にリリースした「OSUZU MALT NEW BORN」はすでに手に入れるのが困難な状態だ。
ウイスキーの出来はどうか、結果は何十か年後にしかわからないが、「たった18ヵ月でも全然違う変化を見せていますから、これからどう変わっていくのか楽しみです」。
黒木代表が言う。「酒づくりと農業は、どちらも自然との対話が基本。感覚的にはサービス業に近いと思っています。麦や麹、また作物が望むように、人が手を貸してあげることが大事。逆に、生長のために適度に負荷を与えてあげることもあります」。
蒸留所で働く髙橋要一さんが続ける。「麦芽と麹、ものは違いますが、基本の扱いは同じです。どうしてほしいの?じゃあ、こうしてあげよう。そんなふうに取り組んでいます」
現在、〈黒木本店〉と〈甦る大地の会〉は、スタッフが相互に行き来している。収穫が忙しければ、蔵にこもっている職人が手伝いに出ることもある。「畑の手伝いをすることで、“育てる”ことの大事さを知ることができる。そうすると、酒づくりへの思い入れが変わってくる」と、髙橋さん。
「自分が大切に育てた麦は子供のようなもの。子供たちの行く末がどうなるのか、蒸留所で見届けることができる」と、長田さん。まさに農酒一体だ。
黒木代表が最後に一言。「私たちの情熱があれば、ウイスキーづくりは成功すると思っています。辛いなと思いながらする仕事は、必ず結果に反映されてしまう。楽しみながら仕事をしてほしい。僕らが醸しているのは作物だけでなく、僕らの心でもあると信じています」