フォーマットを壊した、
庵野秀明の最後の一言
大島
「読後感」でいうと、『プロフェッショナル』の、映画監督の庵野秀明さんの回も印象的でした。ディレクターが「庵野さんとどう距離を取っていいのかわからない」という感じが非常に伝わってきました。
僕は過去に唐十郎さんや園子温さん、つまり「常軌を逸したクリエイター」のドキュメンタリーを撮ったことがあるので、そうした特異な才能を持つ被写体との距離感に悩むという、ディレクターの気持ちがわかるんですよ。あの番組はお互いの「わかり合えない」という空気感が強く画面に出ていましたね。
『プロフェッショナル』ってフォーマットがしっかりした番組で、だからこそ長寿番組になり得たんですが、作り手にとっては若干窮屈なところもあると思うんです。フォーマットに合わせた作りが求められるので、取材者であるディレクターよりも、枠の管理者であるプロデューサーの意向が番組に反映される傾向が、どうしても出てくる。
なかなかフォーマット通りにいかないとはいえ、それでも一応はフォーマットに乗っかって進んでいくんです。でも最後にそれを庵野さんが壊すんですよ。「プロフェッショナルとは」という質問に、「あんまり関係ないんじゃないですか。そもそもこの番組にその言葉がついてるのが嫌いなんですよ」と言って(笑)。
フォーマットを破壊しつつ、でも印象的な「読後感」もあって、そこに僕は拍手喝采しました。終わり方も良かったし、冒頭が「密着を始めて間もなく、私たちは悟った。この男に安易に手を出すべきではなかった、と」という作り手の心の叫びのようなナレーションから始まっていて、その「つかみ」も非常に良かった。
前田
フォーマットでいえば、ノーナレーションというフォーマットを売りにした『ノーナレ』は、ここ数年、良い作品を次々に出している枠ですね。ナレーションを排除するという、ただそれだけのことで、映像の見え方や没入度が全然違ってくる。
特に『けもの道 京都いのちの森』はその特色が非常に生きていた作品でした。京都の猟師がイノシシやシカを罠にかけて殺すんですけど、観ていると一方的に殺す感じでもないんです。罠にかかって暴れる獣を押さえつけて殺さないといけない。その方法というのが「木の棒で叩いて気絶させて、刃物で心臓を刺す」というものなんです。
一歩間違うと、こちらも大ケガをするかもしれない。だから、とどめを刺すための格闘シーンは、ナレーションがないことでお互いの息づかいや暴れる音だけが聞こえてきて、「命のやりとりの緊迫感」がより強く伝わってくるものになっていました。
本人も記憶にないという「すぐ楽にしたるからな」という独り言も含めて、「素材そのものの持つ強さ」を感じましたね。
語られなかったものが
語られる瞬間
大島
毎年8月はたくさん戦争ものが放送されて、「8月ジャーナリズム」と言われたりもしています。で、今年も一通り観たんですけれども……やっぱりNHKスペシャルはよくできているんです。でもあれはNHKの総合力で作っていると思うんですね。
クレジットを見ると、ディレクターも制作統括(=プロデューサー)もたくさんいて、大勢で知恵を出し合って作っているんだろうな……と想像できる。それで番組のクオリティは確かに上がるんですけど、一方で作り手の個性が見えづらくなる時がある。
それで言うと、ETV特集の『“玉砕”の島を生きて』は、女性ディレクターが長年にわたってある家族を取材されていて、撮る側の一人称のまなざしが伝わってくる番組でした。その島では戦争中に島民が集団自決をしたんですけど、その生き残りの人々を取材するんです。
辛い記憶なので、やすやすとは語れない内容なんですけど、ディレクターが信頼関係を紡いでいくことによって、最初の取材ではわからなかった家族の秘密……つまり極限状況における子殺しなんですけれども……が見えてくる。
「極限状況というのは人間をどうにでもさせてしまうのだ」という怖さを感じつつ、その計り知れない辛さも伝わってきて、非常に胸を打たれるシーンでした。戦争には大局の情勢にスポットを当てた「大文字の戦争」もあれば、ある家族の中で起こった「小文字の戦争」というのもある。その「小文字の戦争」が非常に出ていた番組でしたね。
前田
これも「小文字の戦争」だと思うんですけど、『ずっと父が嫌いだった』も良い番組でした。息子が物心ついた時から父親が無気力な人間で、息子は父親のことを「あんなふうになりたくない」と、ずっと軽蔑していたんです。
でも父親の死後、ベトナム帰還兵の話を聞いて、「父親の無気力は従軍によるPTSDだったのではないか」と気づく。
そこから父の足跡を辿り始める……という話なんですけど、死線をくぐり抜けた兵士がPTSDになり、帰還後に周囲から「戦争ぼけ」などと軽んじられてきた問題を浮き彫りにすると同時に、「自分は父親にひどい態度を取ってしまったのではないか」という息子の後悔も描いていて、人間ドキュメンタリーとしても非常に見応えのある番組でした。
これ、日曜早朝の『目撃!にっぽん』という枠で、あまり知られていないんですけど、枠としてもおすすめです。
「小文字の人生」にこそ
ハッとさせられる
前田
「小文字の戦争」だけでなく、「小文字の人生」を扱った良作もありますよね。まず思い浮かぶ作品が、『僕らが自分らしくいられる理由』です。
いろんな障害や事情を抱えた子供たちが通う中学校の話で、正直に言うと、「落としどころがなんとなく見えるな」と思いつつ観始めたんです。
でも、いざ観てみたら、子供たちがカメラの前で心情を吐露する姿に引きつけられてしまって。特に、母親が精神の病を抱えていて、自分で家事全般をやっている女子……いわゆる「ヤングケアラー」の子がいるんですけど、「自分はどんな人間かを考える」という課題を出された時、彼女が堰を切ったように「自分は何もできひん」「泣きたくても泣けない」と泣きながら言葉を絞り出すんです。
思春期の子が心の奥底に抑えつけていた感情をカメラの前で吐露する、それだけのシーンなんですけど、観ているこちらも動揺してしまうくらいハッとさせられて。番組の構成的に見ても、途中からその子にフォーカスが当たったように感じましたね。
大島
僕もあのシーンはよく撮れたなと思いました。NHKでは企画書のことを「提案」と言うんですけど、あの番組はおそらく、提案の段階で書かれていたものと最終形が全然違うと思うんです。
予算や期間もあるから青写真はある程度考えないといけないんですけど、でもその通りに撮れたものって、力がないんですよね。
予想外のことが起こったり、被写体と取材者の関係性の中で生まれていくものがあったりで、それが撮れて初めて見応えのあるものができるのだと思います。
前田
今日の話を振り返ると、「小文字の人生」を捉えた作品が多く出ていたように思います。調査報道的なドキュメンタリーも面白いけど、やっぱり「市井の人々の、パッと見ではわからなかった心の動き」に触れた時に、ハッとさせられます。
今回のセレクトでETV特集が多めになったのも、この番組がそういうものを大事にしているからですよね。
大島
「パーソナルなものが持っている力」って強いと思うんですよ。総合力を生かした「大文字のドキュメンタリー」だけでなく、市井の人を追った「小文字のドキュメンタリー」も充実している。それがNHKドキュメンタリーの強みなんでしょうね。
まだまだあります、
傑作・名作・問題作
ベストテンに入れたかった名作。
現在NHKオンデマンドで配信中なので、こちらもぜひ。
● 『ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図 〜福島原発事故から2か月〜』
原発事故の3日後から科学者とNHKが連携して各地で放射能を測定、詳細な汚染地図を作成した記録。「NHKドキュメンタリーの金字塔と言ってよい作品」(大島)。
● 『目撃!にっぽん 「筑豊のこどもたち」はいま “貧困のシンボル”の末に…』
土門拳の写真集『筑豊のこどもたち』の表紙の子の行方を探すうち、その後60年の子供たちのライフヒストリーが紐解かれていく。貧困の苦しい思い出と望郷の念がない交ぜになった、人生の複雑さが垣間見える一本。
● 『ETV特集 “ワケあり”りんご』
● 『NHKスペシャル 彼女は安楽死を選んだ』
● 『NHKスペシャル 車中の人々 駐車場の片隅で』
「NHKスペシャルが取り上げることで初めて顕在化する社会問題というのがあり、近年で特に強烈だったのが、安楽死に至るまでの過程を映した『NHKスペシャル 彼女は安楽死を選んだ』と、各地を転々とする車中生活者を取り上げた『NHKスペシャル 車中の人々 駐車場の片隅で』」(前田)。
● 『ETV特集 エリザベス この世界に愛を』