18歳で地元・大分県から東京に出て数年経ち、クラブ遊びに明け暮れた頃。レゲエやヒップホップカルチャーに夢中になっていた佐藤陽介さん。90年代のBボーイが着ている〈ラルフ ローレン〉に憧れて、ずっと買い続けていたという。好きが高じて販売員として職を手に入れたのが、アパレル業界に足を踏み入れた始まり。
21歳のときにはアメリカの東海岸にある〈ラルフ ローレン〉のショップを30店舗ほど回ったという。NY、コネチカットなどを見ていくと、同じブランドの店でも、エリアによってはリゾートっぽさを打ち出すなど、個性を出していたのが印象に残った。
「太いパンツにレザーサンダルを履く上品なビーチスタイルが大好きなんです。そういう服装がリアルに見える場所で店を開きたかった」と佐藤さんは語る。選んだ場所は、沖縄県・北谷町の「砂辺」というエリア。
「ハーバーがあって、サーフスポットもあって。外国人もたくさん生活している。日本語があまり聞こえない空間でおいしい朝ごはんを出してくれるカフェもたくさんある。この辺に滞在したら、めちゃくちゃ面白いですよ」
横浜や神戸ではシティすぎる、という佐藤さんの意見にも納得。「この辺りの人、今日の夕日が良さそうってなるとビール片手にビーチに出てくるんです」という言葉に、上品でありつつサンダルが似合う街だという生活の様子もありありと浮かんでくる。
店の場所探しのエピソードからだいたいの想像はついていたが、服作りへのこだわりが、これまた人並み外れていた。
シーズン展開もセールもしない。
「本当にいいもの」を作るための仕組み
〈ラルフ ローレン〉での仕事を経て、次はアパレルブランド〈フィグベル〉の販売、生産管理、営業に6年間携わった。
「毎シーズン、70型くらい作っていて、生産も自分たち。タグを付けたり、ボタンを何千個と数えたりするところから関わっていました。そこで、洋服作りのことは一通り勉強させて頂いた気がします」
退職後に自身の好きなものだけを作って売るお店をつくりたいと考え、沖縄に出店。現在は〈ORRS〉オリジナルの洋服作りも手がけている。生地作りや縫製工場へのこだわり、付属の細かな指示にも並々ならぬ熱意を感じる。
「売るために作るというより、本当にいいものを定番として作ってみたいと思ったんです。セールはしたことがないですし、シーズン展開もしていません。同じ型で生地違いなどの展開はしていますが、ほぼ同じものをずっと売っています。正直ギャンブルですけど(笑)、商売においても、誰もやっていないことをやってみたくて」
正真正銘のパナマハットを、
沖縄で売る理由
もう一つ、〈ORRS〉の代名詞と言えるのがパナマハット。佐藤さんは本場エクアドルに足を運び、オリジナルで正真正銘ホンモノを制作している。というのも、エクアドルとコロンビアえしか取れないトキヤ草という植物を、エクアドルで加工したものだけが「パナマハット」と名乗れるからだ。
「この繊維のきめ細かさでグレードが変わり、値段も上がっていくんです。模様の入れ方や型などをデザインして、それをエクアドルの編み手さんに伝えすべてオリジナルの柄で作ってもらっています」
〈ORRS〉では、アスワイ県という山岳地帯、モンテクリスティという海沿いの街それぞれで編まれた2種類を扱っている。
「沖縄のように日差しが強い場所では、やっぱりパナマハットをかぶると楽なんですよ。グレードが高い、つまり目が細かいハットになると、かぶっているのを忘れるくらい軽い。東京では夏物として6〜7月しか売れないけれど、沖縄だったら4月から11月まで販売できるんです」
取材中もハットを目当てにお客さんが入ってきたが、今年の入荷分はすでにほとんどが売れてしまっている。〈ORRS〉のパナマハットの確かなクオリティと人気が垣間見えた。
いつかお店を開くと思い20代から集めた家具。
ひとつも買い足さずに開店を迎えた
「いつかはお店をやるだろうと思って、20代前半から家具を集めていたんです。東京の狭い部屋で、ひと部屋潰して什器を積み重ねて(笑)。だから、この〈ORRS〉を開くにあたって、一つも家具を買い足していない。100年くらい前の照明も、そうそう手に入るものじゃないんです」
〈ORRS〉に併設する1日1組、ひと部屋限定のプライベートホテルの内装にも、〈ラルフ ローレン〉のヴィンテージのテキスタイルが使われるなど、一貫した世界観で貫かれている。
「でも、手持ちの家具で理想とするクオリティでホテルを開くなら、ひと部屋しかつくれないと思って、現在の形で始めました」
お店に立つのは午後から。
毎朝ろくろを回して作陶
佐藤さんの驚くべきポイントは、洋服だけではなく、器作りもやっているということ。好きで始めた陶芸を極め、現在は商品として店頭に並べている。しかし、それもすぐに完売してしまい、作陶が追いつかない。待ちの状態が続いているという。
「毎朝4時間くらいが陶芸の時間で、お昼を食べたら出勤。そこから6時間お店を開いて、帰って子どもを寝かせたら、またそこから陶芸。それを毎日繰り返してます。ろくろを回して形作り、半日置いておくと水が抜けて縮むんです。だから朝に表側を作ったら、その日のうちに裏側も作らなくちゃいけなくて」
陶芸の経験があったわけではないという佐藤さん。何もわからないまま土を買いに行ったところで、中古の電気窯とろくろを格安で譲ってもらい、店の隣のスペースで小さく始めたそうだ。今は新たに建てた自宅兼アトリエで制作している。
「ルイス・バラガンの邸宅をイメージして、自分でも笑っちゃうくらいつくり込みましたよ。壁は全部、珊瑚漆喰で、中庭には芝生があって。万が一、今の店が潰れたとしても、アトリエで陶器だけを作って暮らしていく覚悟で建てました(笑)」
軽やかに冗談めかして話しているものの、開店時に新しい家具を一つも買わずにオープンできたことなど、佐藤さんの長期的かつ計画的な目線は独特だ。洋服は定番商品だけで勝負するというギャンブル精神と、店舗やアトリエをつくる際の先を見越したリスクヘッジのバランスには目を見張るばかり。
「陶芸は、自分が欲しいものがなかったので、ならば作ろうと思って始めたんです。お皿も、灯台の作品やミラーシェードも、造形はやっぱり面白いですね」
オンラインストアでの展開はせず、ほとんど卸しもしていない。こだわり抜いた〈ORRS〉の商品の数々を、ぜひ現地に足を運んで手に取ってみてほしい。この「砂辺」エリアだからこそ成り立つお店の世界観。“肩の力が抜けているんだけど、芯の通ったライフスタイル”というものが、きっと肌で感じられるはずだ。