良質なアイデアを孵化させる。クリエイティブに働くための食堂〈社食堂〉

企業にとって社屋は、会社を体現して社会との接点を持つ重要な建築物。〈社食堂〉は違った個性で社内外にメッセージを発信する。社会に開く会社・オフィスには、会社の信念と社会への眼差しが詰まっている。

初出:BRUTUS No.850「日本の建築家28人と作った建築を楽しむ教科書」(2017年7月1日発売)

photo: MEGUMI / text: Jun Kato

良質なアイデアを孵化させる、会社の食堂

社食と食堂を掛け合わせたネーミングのカフェレストラン〈社食堂〉は、建築設計事務所のサポーズデザインオフィスの事務所でもある。

仕事場と飲食店が同居するスペースには、写真家・若木信吾の事務所と、サポーズデザインの新業態〈絶景不動産〉の事務所も同居する。しかしここは、単なるシェアスペースではない。

建物の入口から階段を下りると、カフェ空間が広がる。

東京・代々木上原駅から井の頭通りを上っていくと、道路沿いにある社食堂。半地下でありながら外光の入る明るい店内の様子が見え、居心地のよさそうな雰囲気が伝わってくる。階段を下りていく脇には、壁面いっぱいの本棚。そして、フロア左手の中心部にはアイランド形のキッチンがロの字形に据えられている。

キッチンカウンターも客席のテーブルも黒皮仕上げの鉄板でつくられていて、統一感のある空間。天井部の照明の仕込まれた鉄骨も、黒皮仕上げの材料だ。そしてこの同じ仕様のテーブルと鉄骨部材は、フロア右手の空間にもシームレスに続いていく。こちらは途中から、パソコンの置いてある執務スペースに。

サポーズデザインオフィスのスタッフは、現時点で総勢30名。そのうちここ東京事務所には9名が在籍しているが、広島事務所からも常に数名はプロジェクト担当のため東京事務所に来ている。谷尻 誠と吉田 愛の2人は、着席するスタッフの間を歩き回りながら臨機応変にミーティングする。来客時の打ち合わせは、必要に応じてカフェスペースのテーブル席で。事務所空間は境界が曖昧で、その時々によって移ろう。

谷尻は「クリエイティブに働くために食堂をつくった」と語る。「事務所のスタッフは忙しいといい加減な食事で済ませがちですが、不摂生が続けば体調も崩してしまう。アイデアを生み出すのは、思考をつかさどる身体です。健康な細胞をデザインし、良いアイデアを生む会社をつくりたかった」(谷尻)

2つの拠点で活動しスタッフが増えてきた同事務所では、同じ釜の飯を食うことがチームワークの形成にも役立っている。吉田は「顔を合わせて一緒に食事するだけでも、多くのコミュニケーションができる」と言う。

また、自分たちの活動や思考の下、建築のことをもっとよく知ってもらいたい思いで、建築関連書籍をカフェスペースにも並べた。「街の人がふらりと入ってくる、フランクな関係でいられれば」(吉田)という狙い通り、近所の住民や会社勤めの人々が立ち寄り、建築や設計事務所に対するハードルが下がっているのを感じるという。

社食堂という開いたスペースで、社内だけでなく街との関わり方も確実に変わり始めた。食べ物から働き方、地域社会へと、社食堂の枠組みは広がっている。

「食堂」側からオフィス側を見る。2人が立つそばの引き戸は、必要に応じて開け閉めできる。