また見たくなる景色
戻りたくなる場所
朝焼けに染まる白砂の海岸をゆっくりと歩いていくおじいさんと柴犬、夕暮れ時、海岸沿いの道路に椅子を並べて何事かを楽しげに語り合う漁師たち……。現在の甑島は、手つかずの自然が残る、素朴で穏やかな島だ。
人口は1950年頃をピークに減少を続け、現在は3島で約4500人。島には中学校までしかなく、子供たちの多くは、進学とともに一度島を出る。中学を卒業した子供たちが、下級生や家族たちに見送られて船で旅立っていく、島の人々が“島立ち”と呼ぶ光景が、春には港で繰り返される。
「島を出て、海外や東京でも暮らし、ふと戻りたくなりました。海岸で拾い集められる貝殻やクジラの骨、満天の星。子供の頃は当たり前だった島のすべてが、かけがえのないものだったと気づいたんです」と、島で体験型デイトリップやガイドツアーを提供する〈こしきツアーズ〉代表の齊藤智顕さん。
甑島で近年水揚げが伸びているマグロをはじめ、鮮度も質もとびきりの地魚を扱う上甑の寿司屋〈寿し膳かのこ〉の大将、植村矢助さんもこう話す。「あの島に戻りたいって、思ってほしいじゃない。島の人が減り、島のおいしいものを食べられる場所も減った。旅なのに、食べる場所が少ないと行きづらい。安くて旨いあれが食べたいから、甑島までまた行こうと思ってくれる店でありたいね」
2人のようなUターン、あるいは先の三宅さんのようなIターンで島にとどまり、甑島の滞在を充実させようと努める人々は、ぽつぽつとながら確実にいる。とはいえこの島が、観光的にはまだまだ未開の島なのも一方の事実だ。
断崖に近づく観光船は波の具合で数日間出ないこともあるし、何から何まで提供してくれるきめ細かなエコツーリズムも、おしゃれなグランピングができる場所もない……。ないものを挙げればキリはない。
でもただただ圧倒的な大自然と、そこに寄り添う人々の温かな思いや生活が、ここには確かにある。それで十分。旅をすることの醍醐味は、こんな場所でこそ見つかるのだろう。太古からの地球の声を聞くうちに、そんな思いが沁み渡ってくる。
〈寿し膳かのこ〉
甑島の海の幸を
味わい尽くす
京都や福岡で修業を積んだ大将が故郷で営む寿司屋。近海の海の幸を堪能できる。脂ののったクロマグロは必食で、島外からのリピーターも多い。刺し身、寿司など大充実のランチセット¥2,000。昼・夜ともに要予約。
〈こしきツアーズ〉
甑島の成り立ちや
情報を学ぶ
島にUターンした齊藤智顕さんが主宰する甑島の観光案内サービス。上甑島を拠点にしたシーカヤック体験やナイトツアーを主催するほか、島内ガイドなどを行う。HPには下甑島の情報やツアープランも充実しており、初めての旅の情報収集にも最適。
〈こしきの漁師家 海聖丸〉
現役の漁師が届ける
甑島の海の醍醐味
漁師でもある店主が営む海鮮焼き屋。旬の魚介の海鮮焼きのほか、島の名産でもある新鮮なキビナゴを使ったきびなご漬け丼¥700もおすすめ。船釣りや漁船で無人島などに出かけるアクティビティなども行う。
〈甑ミュージアム恐竜化石等準備室〉
はるか昔
島をのし歩いた恐竜に
思いを馳せる
鹿島地域で獣脚類恐竜の化石が見つかるなど、重要な発見が続いた甑島。島で採れた化石や比較標本などを展示。地質学的観点から島を知る博物館の開館が待ち遠しい。入場無料。
〈喫茶くるみ〉
旅客ターミナルで味わう
名物エビフライ
島内外の客で賑わう、下甑島・長浜港の船客待合所に隣接する喫茶店。一般的な甘エビより大きい「タカエビ」を8〜9尾合わせて揚げるボールのようなエビフライが人気。ミックスフライ定食¥1,000など。タカエビフライは予約がベター。
交通/鹿児島県内の川内港から高速船甑島が1日2便(4月~9月は3便)、串木野港からフェリーニューこしきが1日2便運航。天気により欠航もあるので、運航情報は随時チェックを。
食事/近海は魚介の宝庫。旬の魚を味わいたい。
季節/南国鹿児島とはいえ、冬は季節風が吹き荒れる日も。中間期や、台風シーズンを除く夏がおすすめ。
見どころ/太古の岩壁を海から眺められる観光船クルーズやカヤック体験は、天気のいい日を狙ってぜひ行いたい。
その他/島のレンタカーは数が限られているため事前に予約を。