鹿児島県・甑島(こしきしま)、人類が生まれるはるか以前の地球を感じる旅〜前編〜

抜けるように青い空や海を背景に屹立するのは、最も古いところで8,000万年前とされる太古の岩肌。人類が生まれるはるか以前の地球の顔を見に出かけた。

Photo: Keisuke Fukamizu / Text: Sawako Akune

何もない南の島で
白亜紀の地球を垣間見る

港から小さな船に乗り込んで、島の外周に沿って真っ青な海を進んでいく。風を切る船が上げる白い波しぶき、すぐそばの海面をびゅんびゅんと飛ぶトビウオの群れ。目当ての断崖絶壁が近づいて、船がスピードを緩めると、岩肌の縞模様がよりくっきりと輪郭を現し始める。

鹿児島県・薩摩半島から西へ約30㎞の、東シナ海に浮かぶ甑島列島。上甑島・中甑島・下甑島という南北に連なる3つの有人島と、無数の無人島からなるこの細長い列島の面積は、合わせて120㎢足らず。半日もあればそれぞれの島を車で1周して回れる、決して大きくはない島だが、その独特の成り立ちから、自然も風土も、驚くほどのバリエーションと奥深さを備えた場所だ。

先ほどから小船で近づいていた断崖は、甑島が見せてくれる豊かな自然の最たるもの。主に下甑島の東海岸が、最も高いところでは200mもの切り立った崖面になっている。海中からほとんど垂直に立ち上がる岩肌には、折り重なる地層が茶色の濃淡の横縞模様を刻む。この地層はいちばん古いところで約8000万年前、白亜紀のもの。目の前にあるのは、気が遠くなるような太古の地球の断片なのだ。

多くの島と同様に、甑島は地殻変動や自然の作用によって現在の姿になった。古くは約8000万年前から堆積した地層が、2度の断層活動をはじめとする地球の大きな力を受けて、大陸から切り離された島となる。さらに押し寄せる波が、長い年月をかけて断層面を削り出す……。

そういった地球の動きの痕跡が、美しい海食崖や巨大な奇岩となり、島の方々に点在しているのだ。急角度で折れ曲がりながら続く島の細い山道のあちこちや、各所に設けられた展望所からも崖面の一部分を上から眺めることはできるが、小さな観光船やカヤックなどで海面からアクセスして、真下から見る崖の迫力は格別だ。

垂直な岩壁が空に突き刺さりそうに屹立するさまも、足元の岩肌が透き通る水の中で波と一緒にゆらゆらと揺れるさまも、眺めていると時間の流れを忘れてしまう。

太古の地球を知る
手がかりにあふれた島

人類が現れるはるか以前、地殻がズズズと動いてこの島が生まれた頃、地球はどんな様子だったのだろうか……。その手がかりは島の中にも残る。以前より、甑島の地層からは種々の動植物の化石が見つかっていたが、近年になって、下甑島で国内で初めて草食恐竜のケラトプス類の一部が、上甑島で少し時代の新しいハドロサウルス類が、と発見が相次いだ。化石の宝庫としても、島は改めて注目されつつある。

「ある種の化石の形状が植物を育てるのにぴったりだそうで、島のお年寄りが、昔から化石がよく出る場所を知っていたりするんです。昔とってきたという化石が軒先に置いてあったりして(笑)、それを引き取ることもあります」

そう話すのは、鹿児島県薩摩川内市職員で、〈甑ミュージアム恐竜化石等準備室〉の三宅優佳さん。準備室では、恐竜、アンモナイトや古代のワニ、花粉など甑島で見つかった動植物の化石や、恐竜の全身骨格標本が展示されるほか、採取した石から細かな手作業で化石を削り出していく工程も見ることができる。

ハワイ諸島の有人島のなかで最も古いカウアイ島の成立が約500万~600万年前、樹齢1000年以上の屋久杉に覆われた屋久島を形成する地層が約1400万~1500万年前のものというから、“8000万年前”の重みがズシンとくる。全体が太古の博物館のような島。年代の古さ・規模ともに、これほどの説得力を持った場所は稀だ。

ダイナミックな地球の動きによって出来上がった甑島は、その後も独自の歩みをたどってきた。例えば上甑にある「長目の浜」は、大小3つの池が砂州によって海から隔てられた景勝地。海と池の間の砂礫の細かさによって、3つの池の水の性質やそこに棲む生物が異なる珍しい地形だ。

あるいは例えば、海底の砂礫が波によって押し流され続け、島と島をつないでできた上甑の陸繋砂州(トンボロ)は、山がちなこの島では貴重な平坦な土地となり、人々が好んで住み始めて上甑の中心地である里の集落となった。はたまた、上甑と下甑にそれぞれ残る武家屋敷群も興味深い。

年間を通じて風が強く、時に強烈な台風にも見舞われる島の気候から身を守るように、建物は低く抑えられ、周辺を島の海岸線でとれる波で角のとれた丸い石を積み上げた「玉石垣」が囲む。島には縄文時代から人が住んでいた形跡があるというが、それぞれの時代に、自然と寄り添うようにしながら過ごしてきたのがわかる。

上甑島「長目の浜」
上甑島の「長目の浜」。4㎞にわたる白い砂州が形成される過程で、入り江が海から隔てられて3つの池となった。この形になったのは6,000年前頃。