何にも流されず、自分として在ること。
社会を曖昧なままに動かす、危険な「気配」の正体など、感じる違和感と真摯に向き合う武田砂鉄さん。著書で「一億総忖度社会」と表現した現代の病は、何かと口をつぐむことの多い世に根強くはびこっている。
「目の前に社会問題がいくらでもある今、どうするのが一番ラクかって、忘れることなんですね。でも、そうやって忘れるということは、忘れさせようとしている人に加担することでもある。だから自分は、“俺は覚えてるからね”って嫌なヤツになって、いちいち指摘をしていきたいんです。それが結果的に自分の身を守り、ひいては周囲の環境を改善することにもつながっていく」
開放感というと、日頃のわだかまりを一瞬忘れて気持ちよくなることが想起される場合も多い。だが、武田さんの場合は、「目を逸らさずに嫌なものを引き受けて、いちいち言葉を返すことで、心が開放され、安泰が保たれていると感じる」という。その上で大切にしているのは、ムカつくことにムカつくと言うこと。何かに気を使わない。忖度せず、言いたいことをそのまま言うことだ。
「文章を書く上でもそれを大切にしていますし、本を読む上でも、ある種の圧力をはね返すような強い言葉に憧れがあります。快/不快って本来は人それぞれのはずなのに、とりわけSNSの時代には固定されがちになる。世間が持つ結婚と出産のテーゼにしろ、スクランブル交差点でのハイタッチにしろ、個人でなく全体で行動を決めて無理やり体を合わせなければならないのはつらいことです。
何事も自分が一番気持ちのいい態勢であることに素直に、本能的に考えた方が、後悔を招かず、後々、快になると思う。誰かに選ばされたような感覚でいると、後でしんどいから、世の中に逆らいながら、怒る感情って必要だと思うんです」
果物の好き嫌いなら言えるのに、社会的情勢に対すると、言い淀む場合は多い。でも、「私はこう思った、と言えるように本を読んでいるところもあるかもしれない」と武田さん。
「気をつけていないと、私は、ではなく、アメリカではとか、一般的には、なんて言い始める。けれど、こういう力強い本を手にすると、皆と一緒という心地よさに警戒心を持って対面し、自分の主語を探そうと、懐疑的になることができるんです」
さまざまな問題を抱えた東京オリンピックも開催まで2年を切ると、反対派ですら、せっかくなら楽しもうムードに支配されてしまう。そういった行き詰まりを打破して、ひっくり返す、視界を開く10冊を選んだ。