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トラウマ本から現在進行形の本まで。大根仁の人間性を表す本棚、座標軸を示す本

『まんが道』『のたり松太郎』『河よりも長くゆるやかに』『「マルサの女」日記』『想い出づくり』『父の詫び状』『ザ・スターリン伝説』……。背表紙を見るだけでワクワクする。ここならば1ヵ月、いや1年籠城しても楽しいだろう。映像ディレクターの大根仁さんの本棚は、思春期の頃に影響を受けたトラウマ本から現在進行形の本まで、彼自身を形成する「地層」でもある。

photo: Masaru Tatsuki / text: Izumi Karashima

自分を作った本の背表紙を常に見ている

「まあ、見ての通り、知性のかけらもない本棚ですよ。文芸的なものは一切ありませんから(笑)」
所属する事務所の1階、北側の隅に大根仁さんの部屋はある。広さは約8畳。10年ほど前、自分のデスク周りが本やCDやDVDであふれ収拾がつかなくなったので部屋をもらった。

「それまでは事務所の倉庫として使っていたんですが、うちのスタッフが何人もこの部屋で幽霊を目撃していて。白い服の少年がいる、ってみんな言うんですよ(笑)。でも僕は見たことがないし、霊感もゼロ。スペースをもらえるならここで全然いいよって」

幅や高さが異なる箱を組み合わせたような本棚は、知り合いのなんでも屋さん“キンちゃん”が製作した。

「本と雑誌と文庫本と漫画本とレコードとDVDとCDと、それぞれのサイズで棚を作って、それをランダムに配置してもらったんです。ジャンル分けしてきれいに整列してると気持ち悪いじゃないですか。ごちゃっとしてる方が好きだし、僕の雑多な人間性がよくわかる本棚になっていると思うんです」

棚板はそれぞれ奥行きがあり、2段3段と重ねて本を置くこともできる。

「表に出ているのは常に背表紙を見ておきたい本。やっぱり、自分を作ったものだし、見ていると落ち着くんです。手が届きにくい上段にあるのは殿堂入りの本。藤子不二雄A先生、ちばてつや先生、読み返さずとも覚えてるものばかりで、自分にとっての神々の本ですから、もはや神棚ですね(笑)」

そして、棚の中段には、伊丹十三、黒沢清、山田太一、デヴィッド・フィンチャーといった映画やドラマの作り手の著書や作品集、シナリオが並ぶ。

「職業柄、こういった本は手に取る頻度が高くなりますね。特に、シナリオ本は読めば脳内で映像化できるので、自分の仕事の練習にもなるから面白いんです。最近出た本で出色だったのは、幻のドラマ『ふぞろいの林檎たちV』のシナリオが収録された山田太一先生の未発表シナリオ集。シビれました」

『ふぞろいの林檎たち』は中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾、手塚理美、石原真理子、中島唱子、高橋ひとみらが演じる若者たちの群像劇。1980年代にパート1と2が、90年代に3と4が放送され、時代や年齢とともに変化していく「林檎たち」が描かれてきた。

「山田先生は、2000年代初頭に40代になった林檎たちを描く最終章の『パート5』を書いていたんです。脚本はできていたし、2時間ドラマの前後編で制作されることも決まっていた。でもさまざまな理由で頓挫してしまったんです。だから、どんな内容かは関係者以外知ることができないまま。それが今回、ようやくオープンになった。

しかも、山田先生のシナリオは構成力が抜群なので、読みながら画が浮かんでくるし、サザンの音楽も流れてくる。観られなくても脳内でキッチリ上映できてしまうんです。そして、山田先生独特のニヒリズムやシニカルさもあるから、ちゃんと笑えるのもいい。今回の話も仲手川(中井貴一)は地獄だなって(笑)」

ちなみに、大根さんが初めて読んだシナリオは、倉本聰の『北の国から』。その当時買った本も棚に並んでいる。

「1981年だから中1の頃。ドラマを熱心に観ていたんですが、放送中なのに既にシナリオが前後編で発売されていて。最後どうなるのかまで書いてある。そのとき初めて“シナリオというものがある”と知って、立ち読みしてみたら、“本当だ、あのドラマの通りに書いてある!”とビックリ。なけなしの小遣いをはたいて買いました」

ハードコアパンクを聴きつつ横山SAKEVIの狂気を眺める

ところで、大根さんの本棚はこの部屋にだけあり、自宅にはない、という。

「家には何にも置いてないんです。単純に広さの問題もあるし、家族もいるし、寝室以外の自分の部屋がない。だから、家では何にもしない。パソコンさえ置いてない。帰ったら録画したテレビを観るだけ。

脚本を書いたり映像を編集したりするのはココだし、じゃがたらやスターリンを聴きながら80年代のパンクやニューウェーブのチラシ集をめくって“ああ、コレコレ、高校生のときに観に行った”と思い出に浸ったり、G.I.S.M.を大音量で聴きながら横山SAKEVIの狂気を感じるアートワーク集を眺めたり、なんら生産性のない時間を過ごすのもココなんです」

『Oppressive Liberation SPIRIT Volume 1』横山SAKEVI/著
『Oppressive Liberation SPIRIT Volume 1』横山SAKEVI/著 日本を代表するハードコアパンクバンドG.I.S.M.のボーカリスト横山SAKEVIが手がけたアートワーク集。「とにかくビジュアルが強烈なんです。悪酔いするほどカッコいい」。BEAST ARTS/11,000円。

思春期の勉強部屋がそのまま真空パックされたような空間だからこそ?

「だからこそ、電気グルーヴの本を読んで心置きなくゲラゲラ笑える(笑)。座標軸なんですよね、この場所もここにある本も。しかも、それが会社の中にあるのが大事だと思っていて。自分の空間が欲しければ、外に部屋を借りれば済む話。でも、僕はそうはしたくない。パブリックの中にあるからこそ。結局、実家で親の目を気にしながら、みたいな部分ですよね、きっと(笑)」

それにしても小一時間この部屋にいるが“白い服の少年の気配”は、ない。

「僕がいるようになって誰も見なくなったんです。本棚の本を読んで成仏したのかも(笑)。というか、自分が成仏したらどうしよう、ですよ。あと10年もすれば終活。サブカル野郎のテーマですね、棚のものをどうするかは」

映像ディレクター・大根仁
「“自分の家じゃない”のがポイントだと思います」