電子音とノイズに、人の温もりが加わった理由
ダニエル・ロパティンのソロユニット、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(以下OPN)が、自叙伝3部作の最終作『Again』を発表。6年ぶりの来日公演を行った。
近年はOPN作品はもちろん、映画の劇伴や亜蘭知子「Midnight Pretenders」(1983年)をサンプリングしたザ・ウィークエンド「Out of Time」とアルバム『Dawn FM』(2022年)のプロデュースを務め、大ヒットに導いた。多忙の中から生まれた『Again』を、本人はエレクトロニクスと生演奏が同居する「思索的な自叙伝」や「支離滅裂な時代モノ」だと称する。
「1作目の自叙伝『Garden of Delete』(15年)を作った時から、トリロジー(3部作)にしようと思っていたんだ。『Again』は、音楽制作を始めた90年代半ば頃から現在までの自分を回想して作った。インターネット上にある音楽をダウンロードして聴きまくり、次第に自分のスタイルを築いて、〈WARP Records〉と契約。映画音楽も作りながら、世界中を飛び回って。
そんなさなか、ロックダウンで活動できなくなった。そんな影響から、よく『Again』は、人とのつながりが重要だと痛感し、多くのゲストを起用しているのかと聞かれるけど、それは少し違う。制作を始めた22年2月頃、スタジオのヒーターが故障しちゃって凍えながら作業していた。そんな環境が影響して、音楽的にも人の温もりが欲しくなり、みんなを呼んだだけだよ(笑)」
冒頭を飾る「Elseware」は、OPN作品では初となるオーケストラを起用。自身が譜面まで書いた鮮やかな楽曲だ。
「指揮者で、編曲家でもあるロバート・エイムスと制作した。彼はポップスの仕事もしているから、すごくやりやすかった。1曲目は自分で譜面を書いたけど、7曲目『Gray Subviolet』は共作、最後の『A Barely Lit Path』は僕が電子音を作り、楽団用のパートは“ロマンティック要素が欲しい”とロバートにお願いして書いてもらったんだ。アルバムにオーケストラを入れるアイデアは、制作時に1930〜40年代の映画を観まくっていたことから。
例えば、『風と共に去りぬ』のような長編作は、オープニングに盛大な序曲があって、途中休憩から物語が再開する際にオーケストラの曲があり、物語の最後には後奏曲で盛り上がる。そんな映画の構成からインスパイアされた」
また元ソニック・ユースのリー・ラナルド、ザ・ステップキッズのジェフ・ギテルマンという2人のギタリストも参加。
「僕の幼馴染みが音楽大学でジェフと仲良くなって、20年くらい前からの友達。ジャズギタリストだけど、クラシックの素養もある。リーは特殊な人で、ペンからゴミ箱まで彼が鳴らせば何でも楽器のような説得力を持ってしまう本当のノイズミュージシャン。『On An Axis』では、彼らしい不穏な音を鳴らしてくれたけど、意外だったのは『Memories of Music』でまるでプログレのギタリストみたいな演奏をしてくれたところ。スタジオに変なものが降臨したんだろうね(笑)」
AIと音楽家はまだ共存できる
『Again』では、AI技術といった最新のテクノロジーも使用している。
「常に新しいエレクトロニクスに興味があって、『Locrian Midwest』などで、『text-to-music』の音声生成AIモデル『OpenAI Jukebox』を使ってみたんだ。過去の自分の声やギター音を解析し、新しいデータを作ってくれるんだけど、正直、衝撃を受けるほどの手応えはなかったな。今後の進化は楽しみだけど。音声という点では、歌詞を入力し、鍵盤で歌わせることができる『CHIPSPEECH』がロボっぽくてベスト。邪悪なサウンドの中に、突然ファニーな声が入るような、そういうアンバランスな曲が作れるんだ」
やり切った感のある作品だけに、今後の制作活動が気になるところ。
「魂の温もりのある演奏はゼロ(笑)。マシンの音楽というか、ゲーム音楽を聴くのが好きで、正直『エヴァーグレイス』シリーズのスコアは人生のフェイバリット作品に入る。例えば、危険や恐怖のシーンがあったとして、そこでかかる音楽を聴けば、ゲーム画面を見なくても、その曲の機能を理解することができる。それが興味深いんだよね。機能的な音楽だけど、それでも人間の脳裏や心理に刺さるもの。そんな音楽を作りたいかな」