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北斎父娘の日常を描く。大森立嗣監督と日本画家・松原亜実が語る、映画『おーい、応為』の舞台裏

葛飾北斎と応為を、孤高の天才ではなく、絵に魅せられた父娘として、みずみずしく描いた映画『おーい、応為』。大森立嗣監督と浮世絵指導・劇中画担当の松原亜実さんに語ってもらった。

photo: Ayumi Yamamoto / text: Tomoko Kurose

天才絵師の父娘・葛飾北斎と応為(おうい)。純真さはそのままに

大森立嗣

葛飾応為について調べてみると、とにかくかっこいい人。コロナ禍にはいろいろな分断が起きましたけど、分断が起きないためには、自分よりも他者を思う気持ちが必要なんじゃないかと。

応為は、自分にも才能があったのに父・北斎のサポートをする人生を選びました。今の時代、こういう人を見てほしいなという思いもあって、『おーい、応為』を撮ったんです。

松原亜実

北斎も、(歌川)広重や(喜多川)歌麿も版画が圧倒的に有名ですが、応為の版画はほぼ残っていなくて、肉筆の絵が数点残っているだけです。

でも、その絵がとても印象的で、現代でも評価されているというのが素晴らしい。応為は父を絵師として心から尊敬していたから、そちらを立てたいと思ったのだと思います。

大森

『葛飾北斎伝』などを読んでいると本当に純真というか、絵以外のことには、お金にも世間体にもまるで無頓着。でも、大事なことはわかっている人たちのように見えますね。

松原

北斎は生涯93回引っ越しましたし、相当変わり者だったと思います。でも画欲は死ぬまで衰えなかった。満足に描けないという悔しい気持ちがあるから、90歳なんて、当時では信じられないほど長生きをして、最後まで絵師として走り抜けられたのでしょうね。

大森

今回、松原さんには劇中画の制作と浮世絵指導をお願いして、描くシーンは吹き替えなしに本人がやっています。

松原

応為役の長澤まさみさんも北斎役の永瀬正敏さんも、渓斎英泉(善次郎)役の髙橋海人さんも熱心に絵のお稽古をされていました。

監督は、父娘が長屋で描いている自然な姿を収めたいという明確な意図をお持ちでした。夜のシーンはろうそく1本の光で撮られて、現場はほぼ真っ暗(笑)。

大森

あれは暗かったね(笑)。炎の揺らぐ光で見せられたらと美術スタッフと話していたんです。基本的に長屋の窓は一方向だけで、当時はその光に向かって描いていたはず。

撮影でも照明をたかずに、暮らしをそのまま撮りたかった。現代と地続きに彼らの生活があるというのを感じてもらいたくて。

松原

いわゆるカットバックや、カメラアングルを変えて同じ場面を何度も撮ることをなさらないので、毎日撮影が終わるのが早くて驚きました。

大森

作り物になってしまうのが嫌なんですよ。応為という役を通して、長澤さんが本当に江戸時代にいたんじゃないかと思うような、その人自身から見えてくるものを撮りたいと思っているんです。

だから応為としてそこにいてくれたら、どんな芝居でもいい。長澤さんや永瀬さんは技量のある俳優なので、基本的にNGなんてないんです。

松原

永瀬さんも、最初に生まれた演技が一番いいと考えていらっしゃるらしく、「大森監督最高!」とずっとおっしゃっていました。

大森

(笑)。俳優さんたちは、自分そのものが見られている、ということに覚悟がないと、取り換えの利く俳優になってしまいます。つくろわずに役としてそこにいてくれたら、俺はすべて肯定しますし、受け入れます。

髙橋海人くんにも「作らなくていい。24歳のそのままでいいから」と伝えました。若い人ほど「こう見られたい」という意識が強いし、自分をガードしたくなるけれど、そういうものを取っ払ってくれたので、すごく良かったですよ。

松原

完成作を2度拝見して、北斎父娘の日常を覗いたような気持ちになりました。1回目は自分の関わった場面が気になって、あれ?あの絵がないなとか思ってしまったんですが(笑)。

大森

全部は映ってないですもんね。すみません!(笑)

松原

いえいえ。普段、絵を描く作業は孤独なので、みんなで和気あいあいと一つの目標に向かってモノを作るのは楽しいなと思いました。

大森

映画製作はお祭りみたいだしね。絵を描く作業は脚本を書く作業に近いのかもしれない。でも一人で脚本を書くのも結構楽しいんですよ。まっさらなところから自由に書けるから(笑)。

(左)大森立嗣、(右)松原亜実
『おーい、応為』
監督・脚本:大森立嗣/原作:飯島虚心『葛飾北斎伝』(岩波文庫)、杉浦日向子『百日紅』(筑摩書房)より「木瓜」「野分」/出演:長澤まさみ、髙橋海人、永瀬正敏ほか/嫁ぎ先から出戻り、ボロボロの長屋で北斎と暮らし始める娘のお栄(応為)。次第に封印していた絵を描く楽しさに目覚めていく。10月17日、全国公開。