文・奥森皐月
古典的な“おもしろさ”を「お笑いの教科書の1ページ目」と喩(たと)えるのを耳にしたことがある。しかしながら、実際にお笑い芸人さんが全員必ず読むようなお笑いの教科書は存在しないようだ。ここまでお笑いが世間に浸透しているにもかかわらず教科書がないのも興味深いが、このたび、その専門書と呼べる書籍が爆誕した。
2024年12月、史上初の『M-1』2連覇を達成したコンビ〈令和ロマン〉髙比良くるまさんの著書『漫才過剰考察』は、これまでお笑い芸人さんが出版してきたエッセイや自伝などとは一線を画している。
髙比良さんの分析・言語化能力は既にメディアで度々取り上げられており、それに特化した冠番組が放送されたほど。自身のYouTubeでも、ホワイトボードを用いてお笑いや賞レースについて熱く解説する姿を度々見せていた。ただ、この本を読むと、そんな髙比良さんの“特殊能力”は氷山の一角でしかなかったことを思い知らされる。
漫才を全方位から観察し、「時間」と「場所」の二つの軸を中心に、余すことなく解説。『M-1グランプリ』からお笑いの変遷を細かく辿り、文化としてのお笑い、演者と観客の関係、東西南北のお笑いの違い、これからのお笑い、と順に考察は進む。中身は情報量が多く、登場する単語もマニアック。
お笑いの知識が全くない人が入門編のつもりで読んだ日には、目が回りきって全身から煙が出てしまうだろう。なにより、この本には恐ろしいほどの熱量がある。ページをめくっていると、まるで自分の部屋に髙比良さんがやってきて、日が昇るまでお笑いの研究発表を聞かされている感覚になる。
超現役のプレイヤーでありながら、誰よりも熱心なお笑いファンであること。また“観る側”の感覚がライブの観客やテレビ視聴者と何ら変わりなく、漫才に対して多面的な視点を持つ人であることが伝わってくる。
お笑いファンの側面、数多くの賞レースで優勝してきたエリート芸人の側面、『M-1』を一心に愛する人の側面……髙比良くるまという人物がこの世に5人くらい存在していないと納得できないほどの多面性。そして、圧倒的な熱量とバランスで成り立つこの本は、歴史から最新トピックまで網羅する現状最強の漫才専門書だ。2024年の『M-1』を経た今、読む意味があると思う。