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こだわりが詰まった壁は、暮らしを映し出す鏡に。大熊健郎さんの居住空間学

新しい住まいをスタートするとき、そこにはなにもないただの壁があります。真っ白いキャンバスに絵を描き始めるときのように、どうしようかと悩むのがその使い方。壁は、目隠しや仕切りになる一方で、自分の好みに合わせて表現することができるフリースペース。飾る、収納する、敷き詰める、引っ掛ける、色を添える……。ルールはなにもないから、いかようにでもできるのも大きな魅力。まっさらな壁に世界をつくることは、暮らしの空間を彩るということ。住まい手の美意識が宿る場所。

初出:BRUTUS No.869『居住空間学2018 歴史をつなげる部屋。』(2018年5月1日発売)

photo: Norio Kidera, Masanori Kaneshita / text: Chizuru Atsuta

調和を大切に、静かなトーンでまとめる

「壁があると、つい隙間を埋めたくなってしまう」と話すのは〈クラスカギャラリー&ショップ ドー〉のディレクター大熊健郎さん。築50年近い今のヴィンテージマンションに引っ越してきたのは3年ほど前。以前住んでいた家はかなりコンパクトだったが、狭いながらもアートを壁いっぱいに飾り、まるで“敷き詰められた”ような空間はお気に入りだったという。

その壁をほぼ再現したのが現在。リビングの一面にある、大きな壁にはフィリップ・ワイズベッカーのドローイングをメインに、古賀充や澄敬一の作品、昔の日本製のスケッチブックやヨーロッパのアンティークの鳥カゴなど、古今東西が入り交じる。今ではアートピースとささやかな日用品を組み合わせて飾るのが楽しいと語る。

壁を飾るときには、まず一番大きいポスターの位置を決め、そこを起点にグリッドを意識して配置していく。隣との隙間は、色、素材、テイストで決める。

「意識しているのは全体の“調和”。ディスプレイを変えるときに一つだけ入れ替えればいいというわけではないので、そのへんが楽しみでもあり、大変でもありますね」

美しいバランスで成り立っているリビングの壁
大熊健郎さんのリビングの壁は、美しいバランスで成り立っている。赤や黄のような強い色を馴染ませるため、乳白色やベージュ、スモーキーグレーを周囲に持ってくる。同じ色味でも質感によって、見え方もまったく違うものになる。小屋やカゴ、立体も壁に飾る。

たくさんのものに囲まれながら、トーンを揃えることで生まれるハーモニー。マテリアルや色の組み合わせを意識することで、どこか静謐さすら漂う壁になっている。

「ものがたくさんあって一見賑やかだけど、全体的には静かな空間になるよう目指しています」

絶妙なバランス感覚とさじ加減でディスプレイされた大熊邸。こだわりが存分に詰まった壁は、暮らしを映し出す鏡となっていた。