よく見ると、ほぼ恐竜!太古の世界で大冒険
それは“異界”へ続く扉だった。「ちょっと待ってください。自分のタイミングで行きますから」。息を整え、ガラス扉に手をかけるワクサカソウヘイさん。扉の向こうでは300羽を超える鳥たちが目を光らせている。中に入るとすぐに、「ギャー!」という声が。そちらに目を向けると、ワクサカさんはアフリカクロトキの大群に囲まれ、頭上には羽を広げると3mほどの大きさになるアフリカトキコウが乱舞している。ここは、鳥たちの王国なのだ。
沖縄県名護市にある〈ネオパークオキナワ〉は熱帯地域に生息する鳥を中心に展示する動植物公園。アフリカのナクル湖をイメージした「トートの湖」や、南米の熱帯雨林を再現した「アマゾンのジャングル」、ヒクイドリやクジャクなどとともにクロカンガルーなどの動物も展示する「オセアニアの花・鳥」ゾーンなど、園内は地域別にゾーニングされ、同地域の動物と植物を組み合わせることで、生き物が暮らす生態系を丸ごと見せる工夫が施されている。
最大の特徴はゾーン全体にネットをかけた「フライングケージ方式」という展示方法。巨大な鳥籠の中に人間が入っていく仕組みのため、動物は自由に動き回り、生き生きとした姿を見せる。「ゼロ距離」で動物たちと対峙することができるのだ。
ワクサカさんは鳥にまつわる書籍を出版するなど、自他ともに認める鳥好き。〈ネオパークオキナワ〉はいつか訪れてみたいと熱望していた場所だったそうだが……。
「数百羽を超える鳥に追いかけ回される経験なんて、そうできるものじゃない。怖くてゾクゾクするんだけど、クセになる。僕にとっては理想的な鳥たちとの向き合い方です」
実はワクサカさんは一般的な野鳥愛好家とは違う。美しい鳥を愛でるのではなく、鳥を恐竜として捉え、時空を超えた世界を体感する。それを「スーパーハード・バードウォッチング」と名づけ、そのスリルとロマンにどハマりしているとか。
「1990年代以降、羽毛の痕跡がある肉食恐竜の化石が見つかって、鳥がティラノサウルスのような二足歩行を行う獣脚類の仲間から進化したということがほぼ確定しました。現在は鳥類も獣脚類恐竜の一部に含まれると考えられていて、“鳥は恐竜だ”と言う研究者もいます。エッ、恐竜って絶滅してなかったの⁉それから僕の中では“鳥=恐竜”という衝撃の価値転換が起こったんです」
動物園は異界との境界。太古の地球へ大冒険!
ワクサカさんにならって、「鳥=恐竜」というフィルターで園内を歩いてみる。ギョロギョロした目、鱗がついたような奇妙な脚、のっそのっそと歩く姿。それに気づいた瞬間、背筋がひんやりした。
園で販売している鳥のおやつを手に持つと、鳥たちは一斉にこちらに向かってくる。ワクサカさんはそれが「コワ面白い」らしく、悲鳴を上げながら鳥たちと戯れている。
「おやつを持っていると大群で追いかけてきて、恐竜の群れに襲われているようなスリルがある。映画『ジュラシック・パーク』みたいな体験ができるなんて感無量です!」
「アマゾンのジャングル」では深い森の中にこだまするベニイロフラミンゴたちの声にうっとりと耳を傾けていると、背後からけたたましい雄叫びが……。羽の中に鋭い爪を隠し持つクロエリサケビドリが、まさにその武器を見せつけて威嚇のポーズをとりながら接近してきた。「とりあえず、逃げましょう!」。怖い怖いと言いつつも、ワクサカさんの顔は常にほころんでいる。
「恐竜世界と人間世界、交わることがないと思っていたレイヤー、時間が交差する。動物園にそのマッチングポイントがあったなんて。ここは、数千万年前へタイムトリップできる冒険世界への入口でした」
園を後にしてからも、耳のすぐそばで感じた鳥たちの羽ばたきの音、空気の振動がリフレインしていた。
「異界からの風ですね、それは」とワクサカさん。「日常でそれを感じ始めるとヤバイですよ。そのうちカラスが恐竜に見えてきますから」
どうやら〈ネオパークオキナワ〉のあの扉は、ある意味本当に、異世界への入口だったようだ。
鳥は恐竜で恐竜は鳥でネオパークはジュラシックで
文/ワクサカソウヘイ
「そう、鳥は恐竜だ」。とある図鑑でそんな一文に触れた瞬間、目の前の景色は鮮やかに変化した。現在の自然科学界において、鳥が恐竜の仲間であることはほぼ疑いの余地がないらしい。つまり、恐竜は完全に絶滅などしていなかった。カラスやムクドリに溢れる近所世界は、実はジュラシック・パークだったのだ。
こうして私は鳥の世界にのめり込んだ。双眼鏡越しに眺める野鳥たちの姿から、古代を生きた恐竜たちの生々しい息遣いを想起することに夢中になった。
でも、電線の上にいるキジバトからティラノサウルスのリアリティをトレースすることは、なかなかに難しい。求む、もっとダイレクトに「鳥=恐竜」を実感できるような場所。そんなバード&ダイナソーウォッチャーの夢を叶えてくれる唯一無二のスポットこそが、〈ネオパークオキナワ〉であった。
入場口で鳥のおやつを買い求め、一歩足を進めると、そこに待ち受けているのは日本最大級のウォーキング型バードケージ。その中に放し飼いにされているフラミンゴ、ペリカン、カンムリヅル、そしてアフリカクロトキ。その数、七百羽という高密度。「籠の中の鳥の中の私」は、いきなりマイノリティとなる。
そして鳥の大群はおやつ欲しさに人間めがけてずずずと近寄ってくる。それは常軌を逸したワイルドかつマッドな光景。ちょっと待って、みんな落ち着いて、と小股で逃げても、そろりそろりとバードたちは後ろをついてくる。
映画『ジュラシック・パーク』では小型恐竜たちが人間を追いかけまわすシーンがあったわけだが、まさにそれと同じシチュエーションをここでは好むと好まざるとにかかわらず味わうことができるのだ。エキサイティングが過ぎる。私の手から直接おやつをついばむフラミンゴ、ゼロ距離で眺めるその瞳は、明らかに恐竜の温度を宿していた。
次のエリアに広がるのは、熱帯植物たちが彩る鬱蒼としたジャングルの景色。そこに放されているのは、国内では唯一ここだけで飼育されている、クロエリサケビドリ。その名の通り奇怪な叫び声を上げる鳥で、翼には尖った爪を有している。かつての恐竜としての名残を持つ鳥としても名を馳せる彼らは、あろうことかアグレッシブに来園者を威嚇してくる。
翼を広げ、爪を見せつけ、「ヘイヘイ、セキセイインコは教えてくれない情緒をくれてやろうか」とばかりにドスの効いた唸り声を向けてくる。ここで私は気がつく。これは行楽ではない、冒険なのだ。背中にゾクゾクとしたものが走る。
なんとかサケビドリを回避して先に進むと、現れたのはヒクイドリ。ああ、その逞しい脚、鋭い眼光、巨大な体躯。そこから透けて見えるのは、在りし日の獣脚類恐竜の悠然とした姿である。私はうっとりとそれを眺め、心ゆくまで太古の時空に想いを馳せた。
アドベンチャーの最後に登場するのはギフトショップ。そこでは普通に恐竜フィギュアが充実していた。なんなら『ジュラシック・パーク』のステッカーも売っていた。ここは恐竜王国としての自覚があるのだ。だからサケビドリも自由に闊歩しているのである。
〈ネオパークオキナワ〉で冒険心を満たしつつ、改めて思い知った。そう、鳥は恐竜だ。