生態の謎を解き明かす、知の拠点。科学で世界をリードする〈沖縄美ら海水族館〉へ

世界初の発見や環境保全の取り組みで国内外をリードする沖縄美(ちゅ)ら海水族館。訪れて聞いた、水族館の最前線。

photo: Tetsuya Ito / text: Rie Nishikawa

「先へ先へとサイエンスを追求していく。研究したい、知りたいのです」

水族館統括・佐藤圭一

深海の発光サメとして知られるヒレタカフジクジラが人工子宮装置からちょうど生まれたばかり。世界初だった人為出産はここでは数例目。展示を目指して極めて困難な飼育に挑戦中だ。それ以外にも館内には「世界初」「新種発見」という言葉が並ぶ。

〈沖縄美(ちゅ)ら海水族館〉は、科学で世界をリードする水族館である。観光の拠点であり、おそらく日本で一番知名度のある水族館だろう。しかし海洋生物の調査研究の最先端でもあるのだ。研究所を併設し、水族館スタッフと兼任する研究員も多く、水族館と周辺エリアを所管する、水族館統括の佐藤圭一さんもその一人で、サメの研究者だ。

「2002年に現在の施設に移行した際に7倍の大きさになりました。当時は世界最大のアクリル水槽を持つ水族館で、大型のジンべエザメの飼育など、規模が注目されていました。現在は水族館がどのような役割を果たすべきかという機能が問われています」

動物園も水族館も国内では華やかさや写真映えが評価されることが多いが、展示だけではなく、保全や研究施設としての機能が求められる時代が来ているという。ここで展示されているのは沖縄の海とその神秘だ。浅瀬からサンゴ礁、ダイナミックな黒潮の海、そして深海と、目前に広がる美しい海の中を垣間見ることができる。

「沖縄は亜熱帯ですが、海の中は熱帯。多様性の中心は熱帯域にあるといわれています。沖縄の海はサンゴが発達する複雑な地形で、両側にかなり深い海溝があります。透明度が高い半面、プランクトンが発生しにくく栄養素が貧しい海域では、種が多様化していく傾向にあるのです」

ほとんどの生き物は職員が自ら海に行き、観察調査して、地元の漁業者の協力のもと採集したもので、水の流れや地形をも造り上げて、実際の海の中と同じような環境で飼育展示している。

「この規模の水族館を地元の生物だけで賄えるのは世界でもここだけ。それだけ多様な環境が目の前にあります。人気や物珍しさという理由だけで沖縄以外の生物を飼育展示することはありません」

水槽周辺ではデジタル魚名板に詳しく解説が入り、生き物を採集した時の様子、産卵や出産の映像も流れ、壁にはそれらの生態や研究で発見された内容がびっしり。

「生き物の説明は水族館の基本。内容はふんだんに、説明は多い方がいい。解説も研究で知り得たものを積極的に取り入れて、我々がなぜこの生物を飼育し、展示しているのか、できるだけ公表していきたいと思っています。もっともっと見せたいので、空いている壁がないかと常に探しています」

観光の側面ではジンベエザメやマンタは重要だが、見たことのない無脊椎動物も真摯に研究し、紹介する。生き物に順位や優劣はないという。まずは興味を持ってもらうこと。生態を正確に理解することが次の保全活動にもつながる。水族館が得意とする、保全の事例は無数にあるが、例えばマンタ。世界でマンタの繁殖ができるのはここだけ。マンタがどういう状態か、エコーや血液検査、さらに遺伝子検査も可能という世界屈指のモニタリング技術を誇る。

「何をするにも基礎データ集めが大切です。医学が発達して、人では治療できない病気が少なくなってきました。しかし海洋生物にはデータがなく、血液を採取しても、その正常値がわからない。マンタもジンベエザメも、ここ20〜30年でようやくデータベースが蓄積されてきました。こういうモニタリングは野外では難しく、水族館でないとできないことが多いのです」

その技術や機材は水族館の外でも、県内で座礁した生物の救助や治療にも利用されているそうだ。佐藤さんは22年の著書『沖縄美ら海水族館はなぜ役に立たない研究をするのか?』にサメの最新の研究と成果をまとめている。海中にはまだ発見されていない、生態のわからない生き物も多い。

「研究対象として興味が尽きることはありません。最初に赴任してきた時に、沖縄の海というフィールドや人材を見て、何でもできる、こんないいところはないと感じました。毎年いくつもの新種が発見されていて、種がわからないものも裏側にまだまだいます」

海中には神秘が無限に広がっている。その謎に取り組んでいるのが〈沖縄美ら海水族館〉なのだ。

沖縄〈沖縄美ら海水族館〉の「黒潮の海」
〈黒潮の海〉は最長飼育記録28年を更新中のジンベエザメのジンタをはじめ、大型のオニイトマキエイなど、約70種が回遊。容量7,500m3、巨大アクリルパネルの大水槽だ。