ここは岡山県瀬戸内市。“晴れの国”をキャッチフレーズにしている同県は、移住先として人気の高い場所。年間を通して晴天の日が多く、気候が穏やかなこの地で子育てをする人も増えている。
今回の撮影を依頼した写真家の中川正子さんも、岡山に居を構えることになった一人。2011年前の震災をきっかけに2拠点居住を始め、岡山と東京を4歳の息子と行き来する生活を送っている。住み始めた当初は知人もほぼ皆無だったというが、いまでは「自転車で走っているとそこらじゅうで友人が声をかけてくれる」というほどに馴染んでいる。
「私の周りにも、都会から移住して岡山の田舎で子育てしている人は多い。地元でのイベントやSNSを介して、連鎖的に移住者の輪が広がっています。私が田舎に暮らす彼らの姿を追った写真集『IMMIGRANTS』を世に出せたのも、そのつながりからです」(中川さん)
都会に住んで子育てをしていると、田舎の子育ては羨ましく映る。自然の中でおおらかな気持ちで子育てしたい、広大な土地でのびのびと育てたい……といった“憧れ”は、果たしてどれくらい実現されているのだろうか。ここでは、中川さんという人物をフックにしてつながった4組の家族が登場する。
いずれも都会生活を経て岡山に居を移していて、田舎ならではの働き方や暮らし方を楽しんでいる人たち。都会で暮らしたことがあるからこそ感じる田舎の子育てのメリットや、実情について話を聞いていく。
岡山に暮らす4組に訊きました。
「田舎の子育てのメリットは?」
渡邉家「働く親の背中が見せられる」
自家培養の天然酵母にこだわる〈パン屋タルマーリー〉。以前は千葉県いすみ市に店を構えていたが、震災を機に2012年に真庭市勝山に移転。この地は、パンの出来を決定づけるおいしい水の手に入れやすさで選んだ。
「各地の水を飲み比べていて、直感的にここだと思った。僕らは田舎から田舎への移住。ここは山間だけど町なので、小学校の生徒数はいすみの時より多いんです。そのせいもあってか、娘は以前よりずっと社交的になりました」(格さん)
日曜日ともなれば、客足はなかなか途絶えない。そんな時は素子ちゃんと光君が接客を手伝う。働く親の姿を間近で見せられるのは、ここでの暮らしの大きなメリットだと麻里子さん。
「田舎だと、子どもを店先でうろちょろさせていても安心。子どもたちの生活の中にお店があるんです。だから私たちのパン作りへの追求心やシビアさ、大人の人間模様も伝わっていると思う。私の父は会社員だったし働く姿を見たことがない。だから社会人になるまで仕事というものがよくわからなかったけど、うちの子たちは働くことがどういうことなのか、もうわかり始めている気がする。きっとそれは、彼女たちが人生を決めるうえで役立つと思うんです」
井筒家「“バリアアリー”でたくましく成長」
林業再生で全国から注目を集めている西粟倉村に、隣接する美作市上山からこの春に引っ越してきた井筒さん一家。住むのは、築100年の古民家。
「前の家も古民家で、寒いし段差は多いし、子どもには向かないかなと最初は心配でしたが意外と平気。段差も上手に下りていたし、薪ストーブともちゃんと距離をとっていて。今回の家には五右衛門風呂があり、薪で2時間かけてお湯を沸かします。バリアフリーという言葉がありますが、この家はその逆で“バリアアリー”。不便ある田舎暮らしの成果か、長男がたくましくなりました」(木綿子さん)
岡山に来る前、耕平さんは東京、木綿子さんは神戸にいた。スイッチ一つで湯が沸く生活は便利ではあるが、その暮らしをしたいかというと話は別。
「都会の家って、働いて帰って快適に眠るためだけのもの。田舎だと、暮らしにかける時間や余裕ができます。“積極的”に暮らす方が楽しいし、僕らに合っていると思う」(耕平さん)
軒先では鶏を飼っていて、朝には卵をとって食べる。耕平さんは獣害対策のため仕留めた鹿や猪をさばくこともある。命のやりとりを凝視することも、子どもの心の成長のための貴重な経験となりそうだ。
弥田家「軽やかな気持ちで子育てできる」
弥田俊男さんと中川正子さん、息子の彩源君は東京と岡山市の2拠点生活を送っている。2人の仕事の都合で行き来し、家族が揃うのは月に数日。慌ただしい日々であることは想像に難くないが、弥田さんいわく、この生活を始めてから中川さんが随分と柔和になったとか。
「夫婦別々の時間が多い分、私が精神的に自立して親らしくなれたのだと思う。それにより、息子のペースを尊重してゆったり見守れるようになりました。あとはやはり、自然豊かな環境によるところも大きい。東京から岡山に着くと、張っていた気が緩むんです」(中川さん)
自宅の窓を開ければ、ベランダの奥に山々が見え、自転車をほんの数分走らせれば、豊富な水量を湛える旭川に辿り着く。
「高い建物がないから空は広いし、河原を歩けば、力強く咲く本物の花に触れることができる。町だけど、身近に自然がある。子育てするうえで魅力的な環境だと思います」(弥田さん)
遠く離れる土地を行き来しながら、彩源君はたくさんの人やモノ、コトに触れていく。
「多くの人と関わる分、言葉を覚えるスピードも速い。岡山に来ると方言を話すんですよ。子どもの適応能力ってすごいなあと感心しています」(中川さん)
浅井家「本当の“ご馳走”の味を教えられる」
1年半前に東京から瀬戸内市に移り住んだ浅井さん一家。海と緑に囲まれた土地に住む良さは数あれど、子育てするうえで一番の利点だと感じているのは、食の環境だと麻美さんは言う。
「ここでは地産地消が普通のこと。市場で野菜が安く買えるし、友人がやっている有機無農薬のファームも近くにある。そして近所の人がよくおすそ分けしてくれて、玄関を開けたらタケノコが10本並んでいたことも(笑)。息子に安全な食べ物を与えたいという親心が満たされています。もちろん味も格別」
食卓の雰囲気にも変化があった。東京にいた頃夕飯は母と子2人で食べるのが当たり前だったが、今は克俊さんの仕事が終わるのが17時頃。ほぼ毎日家族揃って食卓を囲んでいる。
「毎日家族で夕飯を食べていたら、どんな子に育つのかすごく興味深い。でも、子育てするのに田舎が全面的にいいと思っているわけではないんです。学校の選択肢や公園の少なさなど、欠点もそれなりに感じていて。田舎と都会、どちらが正解ということではなく、息子が大人になった時に楽しかったと思ってもらえるよう、その時々で気持ちのいい生き方を模索しながら住む場所を決めるのもありかなと思っています」(克俊さん)