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大分・湯布院〈ENOWA YUFUIN〉。畑の営みから生まれる料理で自然に還っていく食体験

自ら畑に立ち、食材を収穫するシェフのレストランが大分・湯布院に誕生した。温泉宿に、おいしい楽しみ増えてます。

photo: Yoichi Nagano / text: Naoko Ikawa

皿の上に表現される、大地と農作物の循環

リトリートとはなんだろう。体をリセットするというのなら、どうしたら真の意味でそれができるのか。由布岳を望む山あいに田園が広がる温泉地、湯布院。ここに2023年6月、ボタニカル・リトリートを掲げたオーベルジュが生まれた。

〈エノワ ユフイン〉は、山の傾斜にゆったりと散らばる10棟のヴィラと9つの客室を持ち、すべて露天風呂付き、源泉掛け流し。緑を浴びる湯、絶景を見晴らすサウナで体を温めたら、クライマックスは食である。

有機肥料で育つ自家農園の野菜やハーブが、生きた皿になる。レストラン〈JIMGU(ジングー)〉シェフのタシ・ジャムツォさんは、Farm to table(畑からテーブルへ)の思想を実現したニューヨーク郊外のレストラン、〈ブルーヒル・アット・ストーンバーンズ〉でスーシェフを務めた若き実力者であった。

大分〈ENOWA YUFUIN〉タシ・ジャムツォ
タシ・ジャムツォさんは1990年生まれ、チベット出身。18歳で渡米し、数々のレストランで研鑽を積んだ。

彼は2020年に来日すると、全国の生産者を訪ね、在来種の野菜や各地の食文化、風土を学ぶ。一方で京都の〈石割農園〉石割照久さんに師事し、レストランのスタッフとともに土地を開墾。幸い、湯布院には種のスペシャリストもいてくれた。

「土壌はミネラル豊富で、じっくり育てると野菜の旨味が凝縮します」
朝、シェフが畑に立つと、野菜たちがその日のメニューを教えてくれる。寒さが続きみずみずしくなったカブやビーツ、色も形も個性的なズッキーニらは、どうしてほしいか。野菜は人の料理になり、人が生む生ごみはコンポストで分解され、畑へ還る。建設中の鶏小屋が完成したら、鶏もまた野菜くずなどを食べ、卵を産み、鶏糞は野菜の肥料になるだろう。それらに使われるエネルギーは、温泉の蒸気や地熱も利用する。

〈JIMGU〉の皿にのっているのは、この循環そのものだ。自然のつまみ食いではなく、「協調」によってもたらされる味わい。野菜を手で掴(つか)み、鮮やかな甘味酸味に心躍らせ、焼いた皮の旨味に驚愕する。素材の声に耳を澄ますような食体験で、私たちはゆっくりと思い出すのである。自分もまた自然と、その循環の一部であることを。