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坂口憲二が選んだ焙煎士としての道「答えのない焙煎の仕事は、俳優業に似ている」

サードウェーブの荒波が落ち着いたいまは、さながらノーウェーブのコンディション。うねりに巻き込まれず、自分を追求できるいい機会だ。サーファーたちは言う。「波がいい地域はコーヒーも旨い」と。坂口憲二が挑む次なるウェーブとは?

Photo: Taisuke Yokoyama / Text: Chisa Nishinoiri

芸能活動休止中の坂口憲二さんが第二の人生に選んだのは、焙煎士としての道。彼の人生で欠かすことのできない大好きなサーフィンをコンセプトに、掲げたブランド名は〈The Rising Sun Coffee〉。潮風とコーヒーの香りに包まれた海辺の町を訪ねた。

坂口憲二がロースターに転身したって、ほんと?

「まぁ、まずは一杯淹れますよ。ちょうどマンデリンの豆がいい感じで焼き上がっているから」
いつかドラマで見たような、抜群の笑顔と渋み。自ら焙煎した豆をドリップコーヒーでもてなしてくれる坂口憲二さん。彼はいま、コーヒーという新たな表現の世界で、焙煎士としての人生を歩んでいる。

「芸能の仕事から離れて第二の人生を考えた時、まずは手に職をつけたい、と思ったんです」もともと「コーヒーは大好き」だったという。アメリカ・オレゴン州ポートランドを訪れた時、人々の生活にコーヒーが深く根ざしている文化を体験し、強く惹かれた。そして昔、サーフトリップで訪れた西海岸の風景が鮮烈に蘇った。

「朝、波チェックに行く時、地元のサーファーたちはみんな近所のコーヒーショップに寄ってべーグルとコーヒーを買ってから海に行くんですよね。それが、なんかすごくかっこよくて、ずっと心に残ってたんです。その風景が、自分が波乗りでよく来ていた九十九里の町と重なって、あんなふうに海の近くで自分の時間が持てたらいいな、と」

焙煎技術はバリスタ・ロースターのプライベートレッスンで学んだ。焙煎の魅力にハマり、自分のブランドで店を始めるなら「うちでしか味わえない味が必要」と、まずはシグネチャーブレンドの配合に着手した。

「まずはコンセプトを見つけるところから始めました。ブレンドコーヒーの世界は、正解があってないようなもの。だから理想の味や香りを具現化するためのイメージソースが必要だったんです。自分の身の回りにある好きなものを拾い集めていこう、そのヒントになったのがサーフィンでした。コンセプトは“海上がりに飲みたくなるコーヒー”」

そうして誕生した〈The Rising Sun Coffee〉のシグネチャーブレンド第1作が「アフターサーフブレンド」だ。

坂口憲二の焙煎機《FUJIROYAL ROASTER》
「ブルンディのいい豆が入ったんですよ」と、嬉しそうに生豆を見せてくれる坂口さん。相棒の焙煎機は、《FUJIROYAL ROASTER》。

「海上がりに飲むコーヒーって、なんか妙においしいんですよね。だったら、サーフィンの後、海水で口の中がしょっぱくなっている時でも負けないコーヒー感を表現しようと、思い切って深煎りに。メインに使用しているのはナチュラルプロセスの“ブラジル/シティオ・ダ・トーレ”。深めに焙煎することで口当たりが良くなり、ボディ感が出ます。そこに深煎りの“ケニア/ングルエリ”を加えました。ケニアは風味豊かで、甘さ、酸味、ボディが素晴らしい。

程よいアクセントが加わって毎日飲んでも飽きない仕上がりになっています。そしたら、今度はガツン!とパンチのある個性的な味わいのブレンドが作りたくなって、完成したのが“ワイプアウトブレンド”」。

「ワイプアウト」とはサーフィン用語で「ボードから落ちる」こと。味わいはズバリ、「思わずワイプアウトしてしまうほどのインパクト」。

「深煎りで個性が出る原料ということで選んだのがマンデリン。豆の個性を活かすためにスマトラ島北部アチェ地区とリントン地区、地区違いのマンデリンを生豆の状態で1:1でブレンドして一緒に焙煎するプレミックスにすることで、マンデリンの個性を活かしながら、より複雑な風味を生み出しました」

答えのない焙煎の仕事は、俳優業に似ている。

「ロースター経験はまだまだ浅いから」と、謙遜する坂口さんだが、饒舌な語り口はまさに焙煎士のそれ。九十九里に構えた焙煎所で日々コーヒー豆と向き合う中で、気づいたこともあるそう。

「焙煎もブレンドの世界も答えは自分で作るもの。表現という意味で、その作業はどこか役者に通じるものがある。仕上がりを想像して、温度や湿度とにらめっこして、逆算して味を組み立てていく。それって正直孤独な作業です。

でも、その時間はとことん自分と向き合い、自問自答し、すごく集中できる。コンディションがいい日もあれば、今日はダメダメだなって日もある。それは同時に、サーフィンで海に入っている時の自然と対峙している感覚にも少し似てるんですよね」

九十九里 坂口憲二の焙煎所
コーヒー豆が焼き上がるのを待つ間、この日の焙煎のデータを確認する坂口さん。雨上がりの光がまぶしい、九十九里の焙煎所にて。