2019年末にひっそりと移転オープンしたネルドリップのコーヒーとチョコレートの店〈蕪木(かぶき)〉。デザイナー・皆川明さんは、自身の店のオリジナルブレンド「樺」を店主に依頼する間柄だ。それでいて、コーヒーや互いのもの作りのことなどを深く話すのは初めてだという。ネルドリップで淹れた琥珀色の液体が〈大倉陶園〉のカップに注がれ、ファッションとコーヒー、それぞれの世界で独自の道を歩む2人の対話が始まった。
皆川明
蕪木さんの存在を知ったのは友人にチョコレートを贈られたのがきっかけなんです。その時、なんて端正なチョコレートだろうと驚いて。そのあと偶然、蕪木さんのコーヒーをいただく機会があって。なんというか、美しいコーヒーだなぁと。
蕪木祐介
それはすごく嬉しいです。
皆川
それで、僕のお店で販売するブレンドを作ってほしいとお願いしました。昨夏の頃でしたね。
蕪木
はい。皆川さんのお店に通うお客さんをイメージして作りました。〈ミナ ペルホネン〉の服を愛する人たちが、生活の中でこのコーヒーをどんなふうに飲んでくれるかを考えるのが、すごく楽しかったです。
皆川
それは何よりですね。味わいはどう作っていったのですか?
蕪木
煎りはやや深めで、酸と甘味がある焙煎違いの2種類のケニアを軸にして、花を添えるようにエチオピアで華やかな香りを加えています。凜としてきれいで、ふっと穏やかなため息をつけるようなイメージ。「樺」という名前は、宮沢賢治の短編『土神と狐』に出てくる、しなやかで美しい樺の木からつけました。
皆川
なるほど。実は蕪木さんの豆を最初に見た時に、すごくきれいで驚いたんです。それで「今日のカップはこれにしよう」と考えたり、朝の時間が変わった。豆を見ただけで気持ちが変化したのは初めてだったので、新鮮でしたね。
コーヒーと服作りの共通点
蕪木
それはすごく嬉しいです。それにしても、今回は「ノーウェーブ」というテーマなんですね。
皆川
この言葉、いいですよね。ファッション界ではトレンドとも言いますが、僕もなるべくそういう流れとは無縁でありたいと思っていて。
蕪木
同感です。僕がコーヒー店を始めたのは、若い時に通った喫茶店に救われたからなんです。心が疲れた時、店に籠もってコーヒーを啜っていると、ほの暗い空間と深い味わいに息を整えることができた。だから自分もハレの日でなく、お客さんが塞いだ気分の時にも“寄り添える”
時間を提案したくて。明るく個性が際立ったシングルオリジンもいいですが、僕が目指すのはお客さんの気持ちに寄り添うコーヒー。だから音色を重ねて陰影や奥行きを出すブレンドに惹かれるのかもしれません。
皆川
それは面白いですね。
蕪木
ストレートがソロなら、ブレンドはいわばアンサンブル。焙煎で酸味や苦味を減らすことはできますが、柔らかさや香りの広がりを加えたり、焙煎だけではなし得ないことをブレンドで表現しているんです。
皆川
僕らが布を作る作業は、まさに“ブレンド”なのかもしれません。縦糸がコットンで横糸がカシミヤなら、縦糸はカシミヤを支え、カシミヤは温かさや肌触りをもたらす。蕪木さんが焙煎とチョコレートの製造という、テクスチャーから一人で手がけている点も、布から制作する自分と共通している気がします。
蕪木
なるほど、確かにそうですね。
皆川
最近はなんでも合理化して自分でできることを端折ってしまうでしょう?実はそこにこそ喜びがあるのに、もったいないと思うんです。僕らが布から作るのは、そこに喜びがあるからであって。
蕪木
とても共感します。ブレンドを作るには深く考える時間が必要ですし、豆を何種類も焙煎するのでシングルの何倍も手間がかかる。値段もブレンドの方が高くていいのではと思うくらいで。それでも魅力を感じるのは、お客さんに満足してほしいだけでなく、確かに作る喜びがあるからだと改めて気づきました。
皆川
僕には蕪木さんほどの端正さはありませんが(笑)、やはり互いに似ているのかもしれませんね。