日本の原風景と融合する
作り手たちの息吹
村の事業として2015年に誕生した、シェアオフィスにコーヒースタンドなどを併せ持つ〈オフィスキャンプ東吉野〉は、移住者を中心としたクリエイターの拠点。ここをきっかけに様々な人が集まってきているという。
今回、案内をお願いしたのは運営者の一人で、プロダクトデザイナーの菅野大門さん。「吉野杉や吉野檜で知られるように、この界隈は木材の町。とりわけ注目してほしいのは、吉野ならではの創作に取り組む木工作家たち」と言う。
吉野山の花矢倉展望台から眺める夕景。遠くに連なる二上山、岩橋山、葛城山の山々からは、幽玄の美を感じる。春には山を桜色に染める様子が圧巻の、桜の名所としても名高い吉野山を上から望む絶景ポイントでもある。 
飛鳥時代に草創したという〈天河大辨財天社〉。現在の本殿、拝殿、神楽殿は、1989年にすべて吉野檜だけを使って建て替えられた。祭神の市杵島姫命と弁財天は同一とされ、水の神、音楽や芸の神として信仰を集める。
まず向かったのは森幸太郎さんの工房〈木工 森〉。森さんは修業中に知った吉野杉に惹かれてこの地へ。鉋だけで仕上げた椅子やテーブルは触れば、しっとり滑らか。木が持つ温もりを体感できる家具だ。続いては、型を使わず曲木家具を作る平井健太さんの工房〈studio Jig〉へ。吉野では古くから木材を薄く削る技術が発達していたことから、この地を選んだという平井さん。スライスした薄い吉野杉を曲げて作った家具は木目も美しく優雅。ここでしか生まれ得ない作品だ。
最後に訪ねたのは〈MoonRounds〉渡邉崇さんの工房。先の2人と違って渡邉さんは、入り皮と呼ばれる樹皮が中に入り込んだ見た目的にはよくない状態の木や広葉樹を使い、家具から小物までを作る。三者三様の木工作家たち。「彼らの工房を訪ねるには事前に連絡が必要ですがぜひ。実物の存在感は想像以上だから」と菅野さん。作り手の人柄と作品を通し、奥大和の魅力を実感できるはずだ。
壁がない三角形の部屋が印象的な〈吉野杉の家〉。住所：吉野郡吉野町飯貝624 | 地図 
（左）〈こばし餅店〉のやき餅（1個¥100）はこし餡、粒餡入り。住所：吉野郡吉野町立野280 | 地図
（右）〈木工 森〉。並んでいるのは、きのこスツール（各¥45,000）。
廃校を工房にした〈木工 森〉。並んでいるのは、きのこスツール（各¥45,000）。形の異なる鉋を使い分けて作る。住所：吉野郡下市町伃邑492-1 | 地図／Instagram：@mokkou.moriで要予約。 
廃校を工房にした〈木工 森〉。 
（左）栽培所直営〈きのこの舘〉では新鮮なキノコづくし料理を。住所：吉野郡東吉野村鷲家1601 | 地図
（右）東吉野村はニホンオオカミが日本で最後に捕獲された地。等身大のブロンズ像が立つ。
木目と曲線の滑らかさが美しい。〈studio Jig〉の曲木の低座椅子¥130,000。住所：吉野郡川上村大淹503 | 地図／HPで要予約。
木材にまつわる話はまだまだ尽きない。吉野川のほとりに立つ〈吉野杉の家〉は〈Airbnb〉と吉野町、建築家の長谷川豪が吉野の木材の魅力を伝えるべく建てた木の家。木の温もりを体感しながら、ぼんやりと川を眺めるのは贅沢このうえない時間。ここでの宿泊を目的に、世界中から旅人が訪れるのも大いに頷ける。
遡れば吉野へは古から多くの人々が足を運んできた。古事記や日本書紀には神武天皇が通ったとあり、万葉集にも100首近くの歌に詠まれている。離宮として吉野宮が設けられ、平安時代になると役行者が修験道を開基。その修行の場としての厳かさは吉野山の金峯山寺や女人禁制の修行場である大峯山などの霊場に、今もしっかりと受け継がれている。
〈オフィスキャンプ東吉野〉を主宰するデザイナーの坂本大祐さん。奥大和旅の情報はここで。住所：吉野郡東吉野村小川610-2 | 地図 
（左）透明度が高い大峯山源流の〈みたらい渓谷〉。（右）水の神様、丹生川上神社本宮近くの東の滝。 
渡邉崇さんによる黒柿のウッドボウル¥65,000。住所：吉野郡川上村東川179 | 地図／Instagram：@moonroundsで要予約。 
〈よしの庵〉の蕎麦は繊細で香り高い。店主も移住組だ。天ぷらもりそば¥1,500（税込み）。隣にある雑貨屋〈空木〉には吉野の作家の作品も。住所：吉野郡東吉野村木津川601 | 地図 
（左）大峯山から湧き出る名水、ごろごろ水。（右）〈柳豊〉の柿の葉寿司。優しい酢飯が塩サバをまろやかに。住所：吉野郡天川村洞川522 | 地図 
地元民も通う〈天河大辨財天社〉最寄りの〈天の川温泉〉。住所：吉野郡天川村坪内232 | 地図 
室町時代には能楽師・世阿弥が能の再興を願って能楽を奉納した〈天河大辨財天社〉の神楽殿。住所：吉野郡天川村大字坪内107 | 地図 
薬草の町、宇陀でふんだんにハーブを使った〈奥大和ビール〉のクラフトビール。スパイスダーク、ハーバルエール（各¥580）は土産の新定番。住所：宇陀市大宇陀拾生672-1 | 地図 
（左）メレンゲを黄身で包み焼いたふわふわの菓子・きみごろも（1個¥120）は〈松月堂〉に伝わる一子相伝の味。住所：宇陀市大宇陀上1988 | 地図
（右）〈奥大和ビール〉のクラフトビール。
幻想的な姿を見せる吉野山の夕景を眺めたら、翌朝向かう先は天河大辨財天社。紀伊山地の霊場を結ぶ三角形の中心に位置することからパワーに満ち、再生・蘇りの場として信仰を集めてきた。さらに修験者は大峯山脈の険しい尾根を踏破し、熊野へ向かったという。厳しい修行に思いを馳せつつ、奥大和に流れる穏やかな空気に包まれ心は穏やかに。再訪が待ち遠しくなる旅のひとときだ。
