水がゆくところに
いのちの潤いあり
熊本空港から一路、阿蘇を見渡せる大観峰へ。面前にはカルデラ内の田園風景、遠くにはお釈迦様の寝姿に見える阿蘇五岳(根子岳、高岳、中岳、杵島岳、烏帽子岳)。拝みたくなるようなパノラマが広がっている。
地中にも思いを馳せてみる。阿蘇一帯は火山灰土壌。火山活動で形成されたすり鉢状の硬い岩盤に火山灰などが堆積し、これらが水を蓄える巨大な水瓶となり、やがて地表へ噴き出してくる。阿蘇には33ヵ所もの水基(湧水)があり、熊本市内の上下水道も阿蘇の水で賄われている。阿蘇は水が豊かといわれる所以だ。
この豊富な水を、地元の人たちは日々の営みに活用している。例えば、100年以上前に建てられた洋裁学校の木造校舎を使って、白玉を出す〈湧水かんざらしの店・結〉。店舗内でこんこんと水が湧き上がり、流しそうめんもできる。外の日照りが強い夏でも、この一角だけは涼やかだ。
そして〈滝室窯〉の石田裕哉さん。作陶には大量の水を必要とするが、「このあたりは水道代が月1000円で使い放題なんですよ。水が豊富な証拠でしょうね」と笑う。無料の地区もあるそうだ。南阿蘇では質の良い水を求め農家の移住が急増中とか。
小国杉など地元の資源に注目し、サステイナブルな商品開発を行う〈FIL〉の穴井里奈さんも、水に注目した。天然のミネラル成分を豊富に含んだ新作のサイダーは、クセがなく、体にすっと染み渡る味わいだ。
この水脈の一つが、五ヶ瀬川となって、宮崎の高千穂へと流れる。絶景として知られる高千穂峡は、阿蘇の火山活動の火砕流が、五ヶ瀬川の流れに浸食されてできたものだ。
高千穂は、天照大神の孫である瓊瓊杵尊が天から降り立った、天孫降臨の舞台として知られる。その際に天村雲命は、地上に水がなかったため天にとって返し、水種を移した。これが高千穂峡の真名井の滝の水源となったという。阿蘇の水脈はこうして日本神話と交わり、一帯の風景を神々しく彩っている。
さて、美しい風景を満喫して深呼吸したら、ぐうとお腹が鳴った。熊本、宮崎は馬肉やあか牛、地鶏と肉類が豊富で美味だが、ここではあえて野菜を推したい。野菜の瑞々しさは土地が持つ水の力でもあるからだ。
熊本市でオーガニック&ナチュラルを二十数年前から実践し、名店と謳われた〈デーブスレストラン〉〈泥武士〉の元シェフである境眞佐之さんは、6月に市内から離れた西原村で新店〈ar〉の調理を担当。彼いわく、「人の体にとって、一番大事なのが水。私がこの場所でレストランに携わった理由でもあります」。
山々に誘われて出た旅は、いつしか水の流れに導かれ、乾いた体を潤してゆくのだった。