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ニューギニア島ハイランドの森、南洋に残った秘境の密林。精霊と"森の人"のすむ地へ。Vol.2

ハブアニューギニア、と言われて地図を正確に指させますか?そこは赤道近く、原始の植生が色濃く残る島々。どこまでも森は深く、人はその森から恵みを受け取り、また畏怖すべきマサライ=精霊)を感じて今を生きる。現代に残った秘境の森を歩く。

Photo: Tadashi Okochi / Text: tsk

森には精霊の気配が
今なお漂っている

ひときわ複雑な自然環境と生態系を持つニューギニアにあっては、ヒトもその巨大なカオスのごく一片を占める端役にすぎない。ことに現在ハイランド地方と呼ばれる高地は、下界から隔離されたロストワールドとして長く知られざる地だった。大航海時代の末期、島へ最初にやってきたのはスベイン人やポルトガル人。

しかし島中央部を占める高地一帯は険阻な地形で人を寄せつけず、近代文明とのファーストコンタクトは何と1930年代、飛行機が登場してからのこと。探検家の調査で集落が目撃されたのをきっかけに、広大な原生林と思われていた高地が、実は既に先住民の暮らす土地だと判明する。この"未知との遭遇"以前、20世紀にあってここには鉄器すらなく、道具は石斧や木に動物の骨という、石器時代さながらの生活が残っていた。また、その地勢のしさゆえに各部族の往来は少なく孤立していたため、それぞれの言葉や慣習は驚くほど異なっていた。

先祖の姿を写した精巧な木彫りの数々

パプアニューギニアだけでも800もの異なる言語があるといわれ、その多様性もまた世界に類を見ない。当初、世の文化人類学者がこぞって研究に乗り込んだのも、古くから続く家族制度をはじめとする文化や習俗の数々が、奇跡のように保存されていたからである。

こうして言語すら異なる各部族だが、共通する要素もある。それは、祖先崇拝だ。
沿岸から高地まで地域を問わず、どの部族も己の先祖が体験したエピソードを口述で伝えており、時にそれは独特のコスチュームやボディ&フェイスぺイント、歌や踊り、また木彫りのような形で具現化する。全身を泥で塗り、頭には泥を固めて作ったマスクを被る"マッドマン"もその一つ。高地ゴロカ近くのアサロ渓谷に暮らす部族に伝わるスタイルで、先祖がその昔、戦いで相手を威嚇し通走させた、という代物。なるほど、こんなものに森で出会ったらまず逃げるしかない。異様な迫力だ。

ほかにも、花や鳥の羽根などを使って派手に飾り立てる伝統衣装は部族ごとに実に多彩。それをまとっての歌や踊りは”シンシン"と呼ばれ、各地で開かれるフェスティバルは、部族がそのシンシンを誇示し合う見せ場となる。


そんな高地もまた深い森に覆われ、人々はこの森に暮らしてきた。海から遠く離れた彼らにとって森は、建材となる樹木をはじめ、木の実や果物、タンバク源となる小動物をもたらす恵みの源。その一方で、扱いを間違えると報いを受
けたり、時に人の命を奪う恐ろしい場所でもある。そこにいる精霊は"マサライ"と呼ばれ、単なる善悪では計れぬ人知を超えた畏怖すべき存在。宣教団によってキリスト教が広まったものの、民間ではこうした信仰は今も根強い。森の木を伐(き)る際には備式を行い、災いを呼ばぬよう祈る慣習も残る。いわゆる文明人の間では取り沙汰されない、憑きものや呪い、化け物の類も、この地では決して遠い存在ではない。この地に生きる人にとって間違いなく、、森は今も、精霊の棲む場所である。

先祖から伝わる聖霊譚を再現した舞踏劇の一幕