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日本初のトルティーヤ専門店。代々木上原〈New Classic Tortilla Club〉ができるまで

2020年ごろ、メキシカン好きの間で話題になったあるInstagramのアカウントがあった。トルティーヤ店の外観やグッズなどを投稿しているが、店の詳細はどこにも書いていない。聞くところによるとどうやら、架空のトルティーヤ店をつくって発信しているらしい。それがのちに代々木上原に店を構えることになる〈New Classic Tortilla Club〉だ。

photo: Gyo Terauchi / text & edit: Sho Kasahara

「そもそも“トルティーヤ”ってなんだ?タコスと何が違うの?」と混同している人も少なくないだろう。

“トルティーヤ”とは、トウモロコシ粉や小麦粉で作ったクレープ状の“皮”のことで、メキシコ人にとっては主食のひとつ。日本人にとっての米のような存在だ。米は、「おにぎり」「餅」「おかゆ」など、手の加え方次第で名称が変わるが、トルティーヤも同じで、「タコス(焼)」「トスターダ(揚)」「タマレス(蒸)」など、生地の形や厚みや、調理方法を変えることで違う料理に変わっていくのだ。

日本でも近年、メキシコ料理店が増えているものの、日本人にはまだ馴染みはなく、トルティーヤだけに特化した店など当然のようになかった。

始まりは、あるトルティーヤとの出会い

2023年6月、日本初のトルティーヤ専門店〈New Classic Tortilla Club〉が代々木上原にオープンした。小さな複合施設「CABO(カボ)」の1階に佇む、小さなトルティレリア(スペイン語でトルティーヤ店)だ。

代表の片山純さんの写真
代表の片山純さん。

この店を手掛けたのは、片山純さん。彼の何がすごいって、トルティーヤと縁もゆかりもなかったのだ。もともと内装会社で働いていたという片山さんは2019年、自身の人生を変えるほどの味に出会った。

「三軒茶屋の〈Los Tacos Azules〉で『アボカドのタコス』を食べました。アボカドが一切れだけ載ったシンプルなタコスなのですが、その衝撃といったら!その後、いろんなお店のタコスを食べたんですが、ピンと来ない。“そうか、この美味しさの秘密はこの皮にあるんだ”ということに気が付いたんです。トルティーヤって魔法だ!と思いましたね」

ここからがまた片山さんの突き抜けたところ。「トルティーヤをお米と並ぶ、日本の主食にしたい!」と、トルティーヤメーカーになることを決意。志は高いが、言ってみれば素人である。最初は、カチカチでタイヤのような食感のトルティーヤになることもあった。それから、何度も失敗を繰り返しながら作り続け、スペイン語の記事を読み込んだり、アメリカから製粉機を取り寄せるなどして独学で研究。いつかお店を開くことを夢見て走り続けることに。

何もないなら、あることにしよう!架空の店〈New Classic Tortilla Club〉が誕生

製粉機を手に入れてからというもの、トルティーヤ作りは日々上達。そこでまた片山さんは思いついた。

「お金も場所もなかったので、架空のトルティーヤ店と物語を作って発信していこうとInstagramのアカウントを開設しました。ブランドの認知度を高めてファンを獲得。そして、いつか本当のお店ができたら素敵だなと。設定は、メキシコのトルティーヤメーカーである〈New Classic Tortilla Club〉が日本でトルティーヤを主食にするまでの物語です」

お店の外観を合成で作ったり、オリジナルTシャツを作ってみたり。あたかも本当に存在するかのように投稿した。実在するお店だと思い問い合わせがくることもしばしば。

そんなことを仕掛けながらも、お店を出せるのはまだ先のことだろうと思っていた片山さん。ある日、運良く、代々木上原の複合施設〈CABO〉がテナントを募集していることを知る。チャンスは逃すまいと意を決し、この場所で夢を叶えることを決めた。

2023年6月、片山さんは妄想を現実にしたのだった。

タコスだけじゃない!トルティーヤの自由な楽しみ方

〈New Classic Tortilla Club〉の基本は、トルティーヤ(皮)を量り売りするお店。毎日作りたてを、店頭に並べている。しっとりと、キメ細かな舌触り。トウモロコシの香りが口の中でいっぱいに広がる本格派の味だ。保存の利く冷凍トルティーヤも同じく人気だそう。

「当初は、トルティーヤの量り売りだけのお店にしたかったのですが、日本人にはまだ馴染みがなく、挑戦的すぎると判断しました。そこで店頭でも食べられる料理を用意することにしたんです。ただ、あくまでも“トルティーヤ店”なので、ソペスやゴルディーダ、トスターダなど、タコス以外の食べ方を含め、トルティーヤ料理のみを提案していくことにしました」

〈New Classic Tortilla Club〉のウリは他にもある。日替わりで色が違うトルティーヤが楽しめるのも魅力の一つだ。トウモロコシは、色が薄い方が味がライトで、メキシカンのようなしっかりとした味付けの具材との相性が良い。一方、濃い色のトウモロコシはお米のようなねっとり感が出てくるので、和の食材によく合うんだそう。その日のトルティーヤの色に合わせて具材を考えるなんて、楽しそうだ。

いつか、トルティーヤを日本の主食に

メキシコや中南米の方が母国のトルティーヤの味を求めて食べに来ることも多く、店内の香りを嗅ぐと「おばあちゃんの家を思い出す」と口を揃えて言う。本場の味を知っている人にも認められるおいしいトルティーヤだからこそ、日本人のリピーターもあっという間に多くなった。

「『トルティーヤってこんなに美味しいんだ』とたくさんの人に言ってもらえて嬉しいですね。突拍子もないんですが『日本の主食にする』ことが目標なので、まずトルティーヤを大量に作れる設備や工場をつくって、スーパーやコンビニで食パンの隣に並べてもらえるような世界を目指したいです。子供がお使いで買いに来るぐらい、日本にトルティーヤが定着したらいいな」

トルティーヤは、とにかく自由だ。揚げても焼いても、蒸してもいい。載せるものも、中華やイタリアンだってなんだっていい。この自由さを日本中に伝えることができれば、トルティーヤはもっと愛されるはず。

〈New Classic Tortilla Club〉が日本に新たなカルチャーを根付かせる物語は、まだ始まったばかりだ。