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昭和の気配が息づく店で一滴入魂の一杯を出す。ネルドリップの探求者。江古田〈ぐすたふ珈琲〉

サードウェーブ以降のムーブメントとは一線を画し、独自の道を探求する店主がいる。それが一滴入魂のネルドリップ。彼らの共通点は自家焙煎と深煎り。日本ならではの喫茶文化を継承するネルに、若き店主が惹かれる理由とは?

初出:BRUTUS No.885「おいしいコーヒーの教科書2019」(2019年1月12日発売)

photo: Kiyoko Eto / edit & text: Yoko Fujimori

刀匠によって刃文が異なる日本刀のように、淹れる人でネルは違う味になるんです

店主/茅根和司

天井まで覆うファーの壁材、ロングカウンターにベルベットの深紅のチェア。見事なまでに“昭和のスナック”な内装を確信犯的に残し、大人が集うコーヒー店に生まれ変わらせた店主・茅根和司さん。

建築設計の世界から転じ、学生時代から追い求めていたコーヒーの道へ。自家焙煎店を経てホテルニューオータニ東京の〈かふぇ ぺしゃわーる〉でネルドリップの腕を磨き、2017年5月に店をオープンした。「この方がコーヒーがおいしく入るから」と〈かふぇ ぺしゃわーる〉時代から変わらぬ白シャツとネクタイ姿で店に立つ。

ネルドリップを選んだ理由はやはり、学生からサラリーマン時代にカフェや喫茶店を飲み歩いた中で、手廻し焙煎&ネルドリップの店が個性的で惹かれたから。

「思えば〈羽當〉のデミタスも〈北山珈琲店〉の雅も、衝撃を受けて好きになった店はネルでした。僕自身、ほろ苦くて香ばしくて、甘い……そんな総合的な味わいのコーヒーが飲みたい。これは日本人の味覚的なカタルシスなんじゃないかな、と」

今までは国立市の名店〈カイルアコーヒー〉に豆の焙煎を依頼していたが、昨秋からついに自身でも始めた。現在は1㎏の手廻しロースターでストレートのみ焼いている。7年ほど前から自宅で焙煎していたので、まさに満を持してのスタートだ。

「焙煎の深さ、ブレンド、豆の挽き具合、そしてドリップの仕方、すべてを組み合わせて一杯のコーヒーの味を作ります。だから焙煎もずっとやりたいことでした」

深煎りの豆をネルでゆっくり抽出すると、「油分を含み、とろみを帯びてまるでカルバドス酒のような口当たりになる」という。それにしても語り口といい所作の丁寧さといい、バーテンダーのようだ、と思う。

「味わいを研ぎ澄ましていくネルドリップという抽出法は、いわば日本刀のようなもの。刀匠によって刃文や美しさが異なるように、淹(い)れる人で全く違うものになります。例えば元気がなかったお客さんが店を出るとき、よし、明日も頑張ろう、と思えるような質の高いコーヒーを出すには、僕にとってネルでなくてはできないんです」

日本の喫茶文化に根づいた繊細さがネルの魅力であり、だからこそ店主にとって探求の楽しみが尽きないのだろう。

焙煎はFUJIの1kg手廻しロースターで。「ネルと同様、焙煎もアナログな手仕事に惹かれます」