自分のスタイルで作品と向き合う

庄司夏子(以下、庄司)
漫画が大好きな仲良しの友達グループがあって、そのうちの一人に渡邊さんの『外道の歌』(少年画報社)をおすすめされて読んでみたんです。そしたら、すごいハマっちゃって。初めて渡邊さんにお会いしたとき、漫画にそのまま出てきそうな方だなと思いました。
渡邊ダイスケ(以下、渡邊)
よく言われます(笑)、漫画に出てくるキャラクターのモデルになって、実際のシーンを再現することもあります。

庄司
想像で描かれているわけではないんですね。ご自身でモデルをしたり、実際のシーンを再現しながら描くスタイルは昔からなんですか。
渡邊
2014年から少年画報社の「ヤングキング」で連載された『善悪の屑』を描いた頃からですかね。あとは、時間に追われるのが苦手なので、常に先々を考えながら描くというのも僕ならではかもしれません。週刊連載の作品の場合、締め切りが10週先の回まで描いてしまうこともあります。
庄司
私は締め切りなどに追われないといいアイデアが思い浮かばないので、時間に余裕を持って作品を描かれているというのは真逆のタイプだなと思います。締め切り直前のギリギリのタイミングで、「これが実現できたらすごいかも!」というアイデアをひらめいたりするので、その後が大変ですが、一緒に働くスタッフにも助けてもらっています。パッと思い浮かんでくれたらいいんですけどね。
渡邊
そっちの方がいいじゃないですか、天才肌で(笑)。初めて週刊連載の漫画を描いた頃、本当に忙しくて、仕事としてずっと続けていくには、事前にしっかり準備をしておく必要があるなと感じました。なんでも自分がやりたいようにやるのが、一番ですね。自分に合ったやり方が見つからなかったり、うまく歯車が噛み合わずに苦しんでいる人もいると思うので、自分のやり方が見つかったというだけでものづくりをする人としては幸運だと思います。
チームを率いる立場の苦悩

渡邊
先ほどスタッフの話もありましたが、漫画家のアシスタントはプロを目指して入ってくる人がほとんど。そういう人はやる気があるので、僕が無茶なお願いをしてしまってもなんとかやってくれるんですけど、連載中にプロを諦めてしまう人もちらほらいます。そうすると、びっくりするぐらい急に技術が落ちていくんですよね。つい最近まですごい絵を描いてくれていたのに、雑になったり、もっとひどいときは返事すらしなくなったり。
庄司
渡邊さんご自身が、「この人は気持ちが切れてしまったのかな」と気づかれるんですか。
渡邊
仕上がってきた背景の絵を見て気づきましたね。実際にそういう人がいて、2人で話してみたんですが「もうどうでもよくなってしまった」と。「みんなに読んでもらえる漫画を描きたい」とか、それぞれが希望を持って漫画家の世界に入っているはずなのに、その希望をなくしてしまった人にもう一度、僕の漫画のために頑張ってもらうというのは、ちょっと難しいかなと思いました。
庄司さんはお店のオーナーを務められていますが、同じような経験はありますか。
庄司
うちのお店では、私が通っていた調理師学校の卒業生を雇ったりしています。実際に働いているスタッフの中には、料理の世界でやっていくんだという明確な目標を持っている人もいれば、実家のお店を継がないといけないという人もいたりします。そして、一人の時間や好きなアイドルなど、スタッフそれぞれに大切にしているものがあります。
当たり前かもしれませんが、仕事に対する考え方や大切にしているものは一人ひとり違うんですよね。人を雇う立場として、スタッフが「仕事と自分の大切なものを両立できるようにすること」を考えています。
作り続けるために必要な癒やしの時間
渡邊
僕は週に1回、漫画から離れる日をつくっています。その日は、ジムに行ったり、整体に行ったり、サウナに行ったり。近所の銭湯にもよく行くんですけど、居合わせた人の雑談が聞けるのが面白くて、他では聞けないここだけの話を耳にするのが毎週の癒やしになっています。
庄司さんは、料理のことを考えない日はありますか。
庄司
それこそ渡邊さんの漫画を読んでいるときは、料理のことは考えていないですね。自分のお店を持ったり、海外で賞を受賞したりすると、女性シェフということもあってか、嫌な思いもしました。
渡邊さんの作品では、犯罪被害者の遺族の「言葉では言い表せないような気持ち」を復讐屋が晴らしてくれて、読んでいると自分のモヤモヤした気持ちも一緒に晴れていくようで、いつも癒やされています。

渡邊
そう言っていただけて嬉しいです。漫画を描き始めた頃は無名だったので、読者に目を留めてもらうために、ショッキングな画を描いていました。ある程度読者がついてくれるようになってからは、読者がそれぞれ想像を楽しめるような余白を持たせる絵を意識しつつ、よりセリフにもこだわるようになりました。
そして実は、作品の中で悪役の言っていることが僕が世の中に対して言いたいことだったりします。『外道の歌』に登場する園田夢二という作家志望の漫画編集者がいるのですが、サイコパスな一面もありますが、改めてセリフにも注目してほしいです。
次の成功に向けて始まる新しい挑戦
庄司
様々なジャンルで活躍する方々とお話させていただくなかで、自分にとっての「成功」はなんだろうと考えるようになりました。渡邊さんにとって、「成功」ってなんですか。
渡邊
多くの人に僕の漫画のタイトルを知ってもらうことですかね。僕が描いてる漫画はアウトロー系といわれるジャンルのものが多く、そもそも読んでくれる人がそこまで多くないんです。だからこそ、子どもからお年寄りまで幅広い年代の人に知ってもらえたり、あまり漫画に興味のない人でも「タイトルは知ってるよ」と言ってもらえるような作品が描けたら、自分の中では成功かなと思います。
同じジャンルで漫画を描かれている先輩たちが道を切り開いてくれているので、そこに希望を感じています。

庄司
渡邊さんの漫画を読んで、私と同じように気持ちがスッキリする方も多いと思います。今後はどういった漫画を描かれていくんですか。
渡邊
読者の方からも、「心が救われました」「前向きな気持ちになりました」とお手紙をいただいたときは、嬉しかったです。
自分の中では、アウトロー系の漫画は描き切ったかなと思っています。これからは、昔から好きなホラーや都市伝説をテーマにした作品を描いていきたいです。今後の作家としての寿命を考える年齢にもなってきたので、どうしても描きたいというものから描いていきます。
庄司
新しい挑戦ですね、今後の作品も楽しみにしています。
実は今、私も新しい挑戦をしていて。「Tiffany & Co.」がオープンする「ブルーボックスカフェ」の監修をすることになりました。これまでは自分で1日1組限定の小さなお店をやっていて、ありがたいことにお客さんもついてくれていましたが、今回オープンするお店は規模が全く違います。スタッフの採用などオープンに向けた準備を進めるなかで、どういう職場が時代に即しているのか、日々模索しています。
私が修業をしていた頃は、朝早くから夜遅くまで働いて、自宅でまかないを作ったりしていました。もちろんがむしゃらに頑張ることも大事ですが、それをスタッフに強要はできないですし、今の時代に合わせて、みんなが料理って素晴らしいと感じながら、ハッピーに働けるような環境をつくっていきたいと思っています。
また、与えられた時間は同じでも、できる仕事はスタッフのスキルによってバラバラです。スタッフそれぞれに得意な分野だけを任せるのではなく、誰もが均等にスキルを身につけられるような仕組みを作っていきたいです。
渡邊
その仕組みができるといいですよね。以前、別の漫画家さんのアシスタントを5年間経験していた方と一緒に働くことになり、実際に描いてもらったら、期待していたレベルではなかったということがありました。
いろいろ話していると、スポーツ漫画を描かれている方のアシスタントをしていたらしく、5年間ずっとボールを描き続けていたそうなんですよ。別なものも描かせてくださいと言わなかった本人にも責任がありますが、その体制にも問題があるなと思いました。
連載となると、時間に追われて、それぞれが決まったものだけを描くスタイルを取ってしまいがちですが、それでは誰かが休んでしまったときに困るので、みんなが均等に描けるようにというのは僕も意識してやっています。
庄司
誰かにスキルが依存してしまうと、なにかあったときに休めなかったり、仮にそのスタッフが他の場所で働くことになったときに苦労しますもんね。いい作品を作るためにも、スタッフを「育てる」ことが大切だなと改めて感じました。今日はありがとうございました!
