作品にどう「自分らしさ」をのせるか

大根仁(以下、大根)
共通の友人の紹介で、庄司さんと初めて出会いました。以前、その方からの差し入れで庄司さんのケーキを頂いたのですが、自分自身で直接購入したことはなく、どんな人が作っているんだろうとずっと気になっていたので、食事会でお会いできて嬉しかったです。
庄司夏子(以下、庄司)
またお会いできて嬉しいです。大根さんの作品の中でも、2024年にNetflixで配信された『地面師たち』が好きです。面白すぎて、2周しました。どうやったら、誰もが寝る時間を惜しんで観たいと思うような作品が作れるのか気になって、ぜひお話をお伺いしたいと思っていました。
大根
『地面師たち』は、積水ハウス地面師詐欺事件がモチーフになっています。自分の作業場のすぐ近くの五反田で起きた事件で、年がら年中自転車で通っている場所だったので興味を持って調べていたのですが、そうこうしているうちに、原作小説が発表されました。これをエンターテインメント化したら面白いんじゃないかと思い、制作に至ったんです。
『地面師たち』に限らず作品を制作するときには、作り手というよりも、視聴者としての思いが強いかもしれません。自分が実際に観たいものや、これまで観たことがないコンテンツを作りたいと思っています。
庄司
何かを制作するという意味では、「映画やドラマ」と「料理」は通ずるところもあるのでしょうか。
大根
学生の頃に飲食店の厨房でアルバイトをしていて、その時に料理を作る面白さを感じ、自分でもするようになったのですが、「映画やドラマ」と「料理」は似ている部分が多いなと思います。
監督業の「企画を立てる。脚本を書く。素材を集める。映像を撮影する。編集する」、これは料理をする際の「お店のコンセプトを考える。メニューを考える。野菜や魚や肉を仕入れる。調理をする」という流れに似てるなと。
庄司
確かにそうですね。作品を制作するとき、大根さんの中で自分らしさの出し方は意識されていますか。

大根
自分ではあまり意識していなかったのですが、他の監督とやり方が違うのは、音楽をつけるタイミングらしいです。多くの監督は撮影後に音楽を発注するようなのですが、僕は撮影前に発注しています。
僕は音楽が好きなので、自分が普段聴いているミュージシャンやトラックメーカーに、作ってもらいたいという思いがあって。とにかく自分が観ていてワクワクするかを大事にしているので、そういった部分に僕らしさが出ているのかもしれません。
庄司さんは自分らしさの出し方について、意識されていることはありますか。
庄司
私の場合は、自分の作品が外側にどう伝わっていくかというのを考えています。料理人になりたいという人が増えればいいなという思いがあるので、どうやったら多くの人に料理人になりたいと思ってもらえるかを考えて、料理を作ったり、今回のような機会で発信したりしていますね。
家族より長い時間を共にするスタッフへの思い

大根
料理人を目指す人が増えたらいいなという思いは、どこから来ているんですか?
庄司
料理業界は、なり手が本当に少ないんです。私が修業していた時代は、特に厳しい環境でした。私自身はなんとか頑張っていたのですが、辞めてしまう人も多くて。
自分のお店を持ち、人を雇うような立場になって、一緒に働くスタッフの大切さを身に染みて感じています。スタッフに自分の力を尽くしたいと思ってもらわなければ、いいものを作り出すことはできないと思います。
私にとって、長い時間を一緒に過ごすスタッフは、全員が家族のようなものです。それぞれのスタッフのバックグラウンドやご家族のことも抱えられるような器のお店にならないと、この業界の発展はないと思っています。
大根
今のお話、自分のことのように聞いていました。僕がこの業界に入った頃、厳しい現場や先輩が多く、朝6時集合・深夜2時解散・翌朝6時集合みたいなことが当たり前の世界でした。誰もが心のどこかで、「こんな環境でいい作品を作れるのだろうか」と思っていたんじゃないかな。
僕自身、作品の注目度が高まるにつれ、現場のスタッフや撮影環境のことをよりしっかり考えるようになりました。
そして、昨年からはNetflixと独占契約を結びました。Netflixでは、労働・撮影環境に関するルールが設けられていて、とてもクリーンな環境で作品の制作ができているように感じます。
庄司
体力的に厳しい環境なのかなと勝手に想像していたので、びっくりしました。大根さんは、撮影現場のご飯にもこだわられているんだとか。
大根
僕、食べるのが大好きなんですよ。先ほど庄司さんのお話にもありましたが、映画やドラマの撮影スタッフも同じで、家族以上に長い時間を一緒に過ごす大切な存在です。撮影期間中は、唯一ほっと一息つけるのが食事の時間。みんなで同じ釜の飯を食って、いい作品を作りたいと思っています。
自分の代表作をどう超えていくか
大根
昨年まで、BRUTUSで「#おなやみ相談室」という連載をやっていました。庄司さんは、なにか「おなやみ」はあったりしますか?全部自分で解決しちゃいそうな感じがしますけど(笑)。
庄司
「庄司夏子」と聞くと、私のシグネチャーでもある薔薇の花の形をしたマンゴーのタルトをイメージされる方が多いみたいです。それを求めてくださるのはとてもありがたいことなのですが、私自身は、「そのケーキは過去の作品だから、それを超えていかないといけない」と思っています。
過去の作品を超えるものを生み出せない自分に腹が立つときがあるのですが、大根さんもそういうことはありますか?

大根
僕の作品で一番最初に世間に認知されたのは、『モテキ』でした。それから、ありがたいことに大きな話題になった『地面師たち』までは、約14年かかっています。その間は、ずっと「モテキの大根さん」って言われていました。それが昨年急に、「地面師の大根さん」ってなって(笑)、やっぱり、自分で塗り替えていくしかないんだと思います。
庄司
最後に。大根さんにとって、「成功」ってなんですか。
大根
作品の中に自分の想像を超えたものがあるかどうか、ですかね。最近の作品でいうと、『エルピス』と『地面師たち』の2つは成功と言えるかな。
縮小再生産になったときや自己模倣になったときは、成功とは言えない。
撮影現場では、役者やカメラマン、照明などのスタッフに対して、「何か意見があったら言って」と伝えています。役者やスタッフからもアイデアをもらい、それを受け入れながら全体を調整していくのが僕の役割。みんなからアイデアをもらいながら作品を作っていくというスタイルが、自分の想像を超えることに繋がっていると思います。
Netflixという作品を制作するのに理想の環境がやっと整ったので、まだまだここからです。
庄司
スタッフが意見を言いやすいように門を開いておくことが、成功を導いているんですね。
イチ視聴者としても、今後の大根さんの作品を観るのがより楽しみになりました。今日はありがとうございました。