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夏子の部屋 ゲスト:田名網敬一 田名網先生、悩み事はありますか?

夜な夜な世界中から様々な分野の著名人が訪れる、1日1組の完全紹介制フレンチレストラン〈été〉。オーナーシェフの庄司夏子さんは、女性がマイノリティと言われる料理業界において24歳で独立開業し、2022年にはアジアの最優秀女性シェフ賞にも選ばれた。彼女がシンパシーを感じ、会いたいと思う人に会いに行くこの連載。第3回には日頃から親交があると言う画家の田名網敬一さんをゲストに迎えた。大規模回顧展「田名網敬一 記憶の冒険」の開催を控えた田名網さんに、クリエイションをし続ける秘訣を聞きにアトリエを訪ねた。

photo: Yu Inohara / text: Rio Hirai

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田名網敬一と庄司夏子

長い間、圧倒的な熱量で作品を作り続けるには

田名網敬一と庄司夏子
田名網さんが〈été〉で食事をしたことで出会った二人。

庄司夏子

田名網先生はこれまでにも相当な数の作品を残していながら今も何作品も同時に制作されていて、お会いするといつもそのパワーに圧倒されます。自分が小さなことに悩んでいる未熟さに苦しくなるくらいなんです。先生は、悩んだりすることはありますか?

田名網敬一

夏子さんは、深く自分を追求しているんでしょうね。自信に満ちているからそんなに悩みはないように思っていましたけれど。僕はあんまり追求しないし、悩まないようにしているんですよ。

庄司

意図的に、そうしていらっしゃるということですか?

田名網

うん、そうかもしれないね。結局、人生って悩んでもどうしようもないもの。僕なんか結構長く生きているじゃないですか。いろいろな悩みが出てきそうになるけれど、それを考えていると普通の年寄りになっちゃうから、40歳くらいから一切悩まないようにしたの。今日起こったいろいろな問題を翌日に持ち越さない、というのをモットーにして生きてきました。

庄司

参考にしたい気持ちはありつつと、すぐに適応できない自分もいて、また悩みそうです(笑)。

田名網

日常的にくだらないことっていっぱいあるじゃないですか、それを悩みというふうに捉えているんじゃないの?それを一つ一つ退治していこうとすると一日中悩んでいることになる。だから僕なんか、すぐに忘れちゃうことにしているんですよ。あとは、自分で言葉に出して言い聞かせるんです。自分の声って自分で聞くことってないでしょう。一日の終わりにお風呂に入っているときに、「あれは良くなかったな、今度はこうしよう」なんて声に出して自分に聞かせて解消して、それで終わり。

田名網敬一
大回顧展は、60年以上にわたって制作してきた作品と初公開の最新作を含む膨大な作品数で開催される。

庄司

お風呂の中で自分に言い聞かせるの、いいですね。私は細やかな悩みというよりも、すぐには解消できない大きな悩み……、不幸なのか怒りなのかわからないけれど、そういう抱えているものがクリエイションの糧にもなっているとは思うんです。ずっと作り続けている田名網先生は、インスピレーションが枯渇するようなことはないんですか?

田名網

それはないんですよね。「ちょっと今スランプで」なんて言葉があるけれど、僕はそういうのすごくいやなんです。スランプって、例えば野球で言うならイチロー選手とか大谷翔平選手とか、あのクラスの人が言うならわかるけれど、並の選手がスランプなんて言ったって「サボってんでしょ」というふうにしか見えないわけですよ。だから僕風情がスランプだなんて、言えないです。小さい波があったとしても、僕は認めないことにしている。もちろん思うようにいかないことや体調が芳しくないときだってありますけれど、際限ないでしょう。だから、「いつも自分はベストなんだ」というふうに思い込むことにしているわけ。

庄司

田名網先生ほどの人がそんなに謙虚な……。自分でそう考えることが大切なんですね。

田名網

うん、だから本当は嘘かもしれないんだよ。だけど、そういうふうにしているうちに人間の体質や性格のようなものは、変わってくるんですよ。本当は全然弱い人間だったかもしれないんだけど、自己暗示で体質改善をしたんです。

成功に興味を持たず、過程に夢中になる

田名網敬一と庄司夏子
アトリエには所狭しと作品が並ぶ。これまでもアトリエを訪れ、制作風景に圧倒されたという庄司さん。

庄司

私もそれ、やってみます。私は自分自身を俯瞰で見る癖があるのですが、それによって混乱していくこともあって、でも今日お話しして自分との対話が足りていないのかもしれないなと思いました。田名網先生は東京・六本木の国立新美術館で開催される大規模回顧展「田名網敬一 記憶の冒険」を控えていらっしゃいますが、ご自身のこれまでの活動を振り返ってみて何を感じましたか。

田名網

僕は自分がこんなに長く生きるなんて予想外で、50歳くらいで終わりかなと思っていたんです。だから、僕自身が想定していたよりもはるかに長生きしているんですよね。1960年代から今日までを時系列で、一周すればいろいろな時期が網羅できるような展覧会になっているわけです。でもね、展示会の模型を見て、「こんなものか」と思ったんですよ。僕は、もっとすごいことをしてきたと思ったんだけどな。

庄司

ずいぶん、すごいことをしていらっしゃいますよ。

田名網

絵を描く人って2種類いるんですよ。絵を描く過程が面白い人と、完成したものに興味を持つ人。後者は完成した作品が後世に残っていくかまで考えている人ね。僕は、前者。過程が僕にとっては最大の喜びなんです。

庄司

私も自分がアワードを取ったりすると「成功した」と言われることに疑問がありました。私はいつも目標があって、それを叶えたらまた次の目標が現れてという繰り返しなのだけど、世間からは「成功した」と思われるのだなと。田名網先生にとって、成功とはどんなものですか?

田名網

成功しよう、とそもそも思っていないんですよね。「僕はちょっと成功したかもしれない」っていうのは、例えばピカソとか誰も及ばないぐらいのものを持っている人が言っていいことだと思うのよ。僕がそんなこと言ったらおかしいわけですよ。

庄司

田名網先生と話していると、私はまだまだだなっていつも思うのはこういうところかもしれないですね。

田名網

今のままでも十分でしょう、大丈夫です。

田名網敬一と庄司夏子
7月8日にオープンしたバー「ナンヅカ テイクン(NANZUKA TAKEN)」で提供されるモクテルなど、これまでに二人はコラボレーションも。

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