精密加工技術と手仕事が生む、そのディテール
顧客名簿には、香港とニューヨークにブティックを構える高級紳士服店〈アーモリー〉の経営者にして収集家としても名高いマーク・チョーらをはじめ、錚々たる顔ぶれが並ぶ。販売開始は2019年。〈ナオヤ ヒダ アンド コー〉は、瞬く間に世界の時計愛好家が新作を待ち望む存在となった。
ブランドを率いる飛田直哉は、日本の時計界では広く知られた存在。1990年代から複数の外資系商社で時計のセールスとマーケティングを担当し、その後2つのブランドの日本法人で代表を務めてきたからだ。関わるブランドの時計を数多く購入、またヴィンテージウォッチの収集家でもあり、時計に関する造詣の深さは、専門家でも群を抜く。
「ただ20年以上も時計を見てきて、自分の好みに完璧に合うモデルは市場に存在しないことがわかりました」と述懐する飛田は、「ないなら自分で作ろう」と決意。以前、日本法人の代表を務めていた独立系ブランドで、時計師として働いていた藤田耕介を誘い2012年、ひそかにプロジェクトをスタートした。また藤田が彫金師の加納圭介を紹介して、意気投合。3人体制で理想のオリジナル時計開発を進めることとなった。
妥協せず築き上げた上質なヴィンテージ感
「当時既に、浅岡肇さんをはじめとした日本人独立時計師が活躍していたことも、後押しになりました」と、飛田は振り返る。
しかし彼らのようにゼロからムーブメントを開発・製造するには、時間もコストもかかる。飛田がこだわったのは、ケースとムーブメントとのサイズバランス。理想は、30・5㎜のケースに27㎜の手巻きムーブメントを積んで1932年に誕生した〈パテック フィリップ〉の名品「Ref.96」。
そのままの大きさでは現代では小さすぎるため、まず38㎜を作り、最終的に37㎜にすると決めた。これとバランスが合う直径30㎜前後の大型ムーブメントをヴィンテージも含め探していた時、クロノグラフの汎用ムーブメントとして最も普及しているヴァルジュー7750からクロノグラフ機構を外し、手巻きに改良することを藤田が思いついた。直径30㎜。9時位置のスモールセコンドの歯車は、飛田が望んだベゼルにギリギリまで寄せられる位置にあった。
また飛田は、ケースを当時〈ロレックス〉がほぼ独占的に使用していた高性能スティールSUS904L製にしたいと考えた。一般的なSSと比べ、耐蝕性がはるかに優れているからだ。しかし加工が困難であり、ゆえに普及してこなかった。
諦めきれない飛田を救ったのは、工作機械メーカー〈碌々産業〉との出会いだった。微細加工に特化した同社の工作機械は、SUS904Lを楽々と切削できたのだ。また、針やケースに望む微妙な形状も精密に削り出せる。同社の協力を得て、2018年に初の試作機「NH TYPE 1A」がついに完成。そして〈碌々産業〉の加工機を導入している複数の工場を紹介してもらい、彼らと協業で翌年からの量産と販売にこぎつけた。
2針+9時位置スモールセコンドの「NH TYPE 1B」に始まり、20年にはクロノグラフ秒針を生かしたセンターセコンド式の「NH TYPE 2A」を開発。
またヴァルジュー7750には日・月・曜日表示とムーンフェイズが備わるバリエーション、ヴァルジュー7751がある。そのムーンフェイズだけを生かした「NH TYPE 3A」が21年に誕生する。これらのインデックスのすべてが、加納の手彫り。コンケーブ(すり鉢)ベゼル、段差が備わるダイヤル、柔らかな曲線のラグ、丸みを帯びた針など、腕時計の黄金期といわれる1930~60年代のモデルに範を採った、上質なヴィンテージ感が〈ナオヤ ヒダ アンド コー〉最大の魅力だ。
2024年は初の角形「NH TYPE 5A」が誕生。これも2つのパーツから成るドーム状のサファイアクリスタル風防や凹面形状に工作されたドルフィン形針など、独自のこだわりが光る。さらにムーブメントは、手巻きの名機プゾー7001を藤田が角形に改良し、スモールセコンドを飛田が望む位置に移動したオリジナル設計で、ブランドとして初めてトランスパレントバックを採用した。
「頭の中にはTYPE 38まで見えています(笑)。美しい外装はもちろん、美しい機械も大好きなので、自社製ムーブメント開発の構想もその中には含まれています」
さて、次はどんな一手を打ってくるのか?その動きは、世界が見守っている。