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連続テレビ小説『あんぱん』を手がける中園ミホさんに聞く。朝ドラ脚本のつくりかた

“朝ドラ”の愛称で親しまれ、日本の朝には欠かせない連続テレビ小説。1回15分、週5日放送、半年間にわたって続くこのNHKの看板ドラマはいかにして生まれるのか。『あんぱん』の脚本家・中園ミホさんに8つの質問を投げかけてみた。

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photo: Masanori Kaneshita(portrait) / hair & make: Hiroyuki Mikami(portrait) / text: Fuyu Kimata / edit: Emi Fukushima

Q1.構想はいつから練り始め、どのようなペースで書き進めていますか?

A.題材決めから書き終えるまで約2年半。息つく暇もなく、執筆と修正を重ねます

2025年度前期朝ドラの脚本を依頼されたのは23年初頭でした。まず題材を決める打ち合わせがあり、やなせたかし夫妻を描きたいという私の希望が通りました。

そこから半年間のプロット作り。最終回までだいたいの展開を決め、23年の秋頃からは毎日1話ずつ規則正しく書き続けました。同10月に制作発表が行われるまでは、私が脚本を書くことも題材も極秘の厳戒態勢でしたね。

プロデューサーやディレクターと脚本の打ち合わせをして初稿が上がった段階で、ロケとスタジオの兼ね合いや出演者のスケジュールに鑑みながら内容を調整。

初稿執筆と改稿で常に3週間分が同時進行しています。この作業にはかなり頭を使うんですよ。物語を紡ぐのとはまた別の特殊技能が必要だと感じます。最終回を書き終えたのは25年の夏。ほぼ2年半かかりました。

連続テレビ小説『あんぱん』
©NHK

Q2.女性の半生を描くうえで、どのような点を大切にしていますか?

A.純真無垢な女性像より、自立していてたくましい姿を描くようにしています

私はいつも女性視聴者を応援するものを書きたいと思っています。とりわけ非正規雇用者など社会的に苦しむ女性たちを。

『花子とアン』を書く以前は、朝ドラヒロインは「洗いたての白いハンカチ」のようで、私には向いていないと思っていました。『赤毛のアン』の翻訳家・村岡花子さんを題材に提案されたのは、強く自立して男社会を切り開いていく女性のドラマを期待されてのことで。貧しい家に生まれ苦労した村岡さんなら視聴者を応援したい気持ちに適うと思いました。

それに朝ドラの女性たちが全員純真無垢だったら面白くないですよね。例えば『あんぱん』の嵩(北村匠海)の母・登美子は自由気ままな人物で、その癖の強さに不安を感じるスタッフもいる中で、演じた松嶋菜々子さんが悪態をつく登美子像に賛同してくれて心強かったです。

連続テレビ小説『あんぱん』
©NHK

Q3.実在の人物をモデルとするうえで、史実にはどのように当たっていますか?

A.優秀な時代考証スタッフの力を借りて、資料がある部分は極力忠実に描きます

『あんぱん』の場合、私は子供の頃、やなせさんと文通をしていましたし、やなせさんご本人の著書もたくさんあるので資料には困りませんでした。とりわけ弟の千尋に関してはほとんど史実通りです。

ただ、妻の暢(のぶ)さんのことは当初、情報が5つくらいしかなくて。幼い頃に父を亡くした。足が速い。「韋駄天おのぶ」と呼ばれていた。高知新聞社でやなせさんと出会った……などです。それが2024年に小松総一郎さんという夫がいたことがニュースになり、急ぎ、嵩との前に一度結婚する展開を作りました。

実在する人物はできるだけ史実に忠実でありたくて、優秀な時代考証スタッフに助けてもらっています。特にNHKの大森洋平さんは制作的な観点からもアドバイスをくれる朝ドラや大河ドラマにはなくてはならない重要人物です。

連続テレビ小説『あんぱん』
©NHK

Q4.1話15分という枠で物語を描くうえで、苦労する点はありますか?

A.15分の中で起承転結を描き続けるのは、短距離の全力疾走を繰り返す感覚です

朝ドラを3作(『ちゅらさん』[2001年度前期]、『おひさま』[11年度前期]、『ひよっこ』[17年度前期])書いた岡田惠和さんが「中園さんは朝ドラをマラソンだと思っているでしょ?でも違うんだよ。毎日休めない短距離の全力疾走なんだよ」と教えてくれました。

マラソンだったら長く走る途中で少し緩めたり気合を入れたり、ペース配分できます。民放の全10話ほどの連続ドラマはマラソン的なところがありますが、朝ドラは1話15分の中で起承転結を作り、すべての回で全力ダッシュしないといけない。

途中でアイデアが浮かばないからと立ち止まって考える間はありません。自分の引き出しを総動員して一気に書くしかない。橋田壽賀子さんが『おしん』(1983~84年)を書いたのは50代後半。あのクオリティの高さで1年間書くのは神業です。

連続テレビ小説『あんぱん』
©NHK

Q5.朝ドラの中で戦争を描く際、こだわったのはどんなことですか?

A.当時、たしかに存在した軍国少女の姿を噓偽りなく正面から描きたかったんです

『花子とアン』の花子(吉高由里子)は日中戦争の時にラジオで戦争プロパガンダに加担し、親友の蓮子(仲間由紀恵)に責められました。『あんぱん』ののぶ(今田美桜)は太平洋戦争で子供たちに軍国主義を教育しました。

多くの朝ドラで、ヒロインは戦争反対を唱えてきましたし、現代の価値観では“お国のため”と唱えるヒロインは好かれないに違いないと悩みもしました。

ただ、橋田壽賀子さんは自伝的朝ドラ『春よ、来い』(1994~95年)で、自身が戦時中は「迷わずお国のために尽くしました」と公言されていますし、田辺聖子さんがモデルの『芋たこなんきん』(2006年度後期)でもヒロインが軍国少女だったことを描いています。当時、正義感の強い少女ほどそうなっていたのは事実。そこは噓をつかずにしっかりと描きたいと思いました。

連続テレビ小説『あんぱん』
©NHK

Q6.脇役たちのキャラクター造形はどのような点を意識していますか?

A.意地悪でも、癖アリでも、生意気でもよし。立派でないキャラを、楽しく描いています

朝ドラには主人公の親友や初恋の人など必ず出てくるキャラクターがいて、戦時中が舞台だと国防婦人会は欠かせません。なぜかたいてい3人組です。『あんぱん』で国防婦人会の民江(池津祥子)を書いて、オンエアを観たら3人組になっていました(笑)。

脇役を描くことは大好きです。やなせさんの『アンパンマン』は登場キャラの数が最も多いアニメシリーズとしてギネス世界記録に認定されていて、その点においてもシンパシーを感じます。脇役は立派じゃなくて癖が強いほど魅力的だから作っていて楽しいんです。

どのキャラも毎日放送しているので自然と愛されることが多いとはいえ、主人公に意地悪するキャラは嫌われがち。でも私は終盤、思いきり生意気な人物を1人書きました。最初から構想していたエピソードなのでお楽しみに。

連続テレビ小説『あんぱん』
©NHK

Q7.視聴者のリアルタイムな反応は、物語の行方に影響しますか?

A.思いは受け取っている……けれども、進行上、取り入れるのは難しいんです。

『あんぱん』ではのぶの実家で、石工として住み込みで働く豪(細田佳央太)がとても人気で、戦死を惜しむ声をたくさんいただきました。知り合いからも、戦死したと思わせて終盤、再登場させてほしいと言われたほどでした。

昔の朝ドラは、死なせないでという視聴者の嘆願を聞いて、予定より長く登場させたこともあったそうです。でも今の朝ドラは制作の進行が速く、オンエアされた時にほぼ脚本は書き終わっていて、残念ながら視聴者の意見を取り入れることは難しいのです。近年は働き方改革などの影響もあってさらに進行が速まっているためますます不可能になっています。

反応といえば、朝ドラを書くと次は自分をモデルにしてほしいと言ってくる方々がいて。実は、某著名な知人からも言われているんですよ(笑)。

Q8.朝ドラを作る面白さは、どんなところにありますか?

A.元気を与え、希望を見せ、心を動かす。日本の朝の空気を作れるところです。

子供の時、家族で朝ドラを観ていました。私の母は内容が面白くても、そうでもないと感じても、観るのが当たり前だと思っていたようでした。それだけ朝にはなくてはならないもので、いわば朝の空気のような存在です。時計代わりとよく言われますが、こんなに上等な時計代わりはなかなかありません。

そんな朝ドラの脚本を書く時は、観た方々がその日一日元気になれるようなものを書きたいと心がけています。今は配信で観る人も増えましたけれど、一日の始まりに日本中で同じ時間に同じ作品を観て登場人物の言動に心を動かす。そういうドラマを書けることは光栄です。

朝ドラがなくなったらNHKは存在しなくなるのではないかと、それどころか日本にテレビがなくなるのではないかとさえ思います。これからも末永く作り続けてほしいです。

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