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サカナクション・山口一郎、中森明菜の楽曲の魅力を徹底分析 〜前編〜

今、若者に一番熱く語られる存在、中森明菜。80年代に歌手としての絶頂を極め、今年デビュー40周年を迎える彼女の楽曲の魅力を、明菜ファンとして知られるサカナクション・山口一郎が分析する。

text: Motohiro Makaino

今、若い世代の間で、その存在が熱く語られているのが中森明菜である。
ロック、テクノ、民族音楽、ニューウェーブからバラードまで、幅広い音楽性と多彩な作家による楽曲を、自分のスタイルで歌いこなす表現力の高さ。

セルフプロデュースに長けたイメージの築き方も含め、「今では存在し得ない、伝説の歌姫」として注目を浴びているのだ。彼女の歌を通して、その人柄や歌に向かう真摯な姿勢を感じ取ったという山口一郎さん。彼の明菜評を交えつつ、中森明菜の80年代を振り返る。

中森明菜はオーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ)の出身で、1982年5月、「スローモーション」で歌手デビュー。
デビュー曲は来生えつこ・たかお姉弟の楽曲で、乙女チックな初々しい魅力にあふれているが、売野雅勇の作詞、芹澤廣明の作曲による2作目の「少女A」でいきなり前作と異なるイメージを提示した。

当時の言い方をすれば“ツッパリ”イメージを前面に押し出したハードな歌謡ロックで、「イントロのギターリフから、歌がぽっと入ってきて、ブレスがない。どこで切れるかわからない裏切りがあるから今聴いても新しい」と山口さんも「とてもよくできた曲」とその構造の新しさに舌を巻く。

この「少女A」がベストテン・ヒットとなり、明菜は一躍ブレイクを果たす。これ以降は3作目「セカンド・ラブ」など来生姉弟の乙女チック路線と、「1/2の神話」や「禁区」など売野の作詞によるツッパリ歌謡路線を交互にリリースし、少女の中にある2つの顔を1曲ごとに表現した。

通常、新人アイドルはまずイメージを固定させ、年齢とともに歌の内容を成長させていく戦略をとるが、明菜の場合は、敢えて一つのイメージに定めず、少女の二面性を表現することを軸としてきた。
この方針は、「少女A」の線を狙おうとしたスタッフの反対を押し切り、宣伝統括が「セカンド・ラブ」を3作目に推したことで決定したという。

「セカンド・ラブ」は低域からスローにスタートし、メロディはじわじわと上昇旋律になり、歌の最後で自然と高域に導いていく曲調が圧巻。これについて山口さんは「全部(のメロディ)にサビ感があって、歌っていて気持ちいいのではないか?」と、曲の完成度の高さを歌い手ならではの目線で褒める。

7作目の「北ウイング」は、乙女でもツッパリでもないニュートラルな女性像。曲のスケール感が、彼女の伸びのあるボーカルを最大限に生かしており、山口さんも「大きいグルーヴの中で歌っているような歌い方だから、いい意味での違和感がある」と、彼女の歌唱法の変化に気づいた様子。

少女の二面性から
女性の多面性の表現へ。

84年以降は、1作ごとに作家を変更、しかも玉置浩二、高中正義、井上陽水、松岡直也と、ふだん歌謡曲に提供することが少ない作家に依頼をしているのがユニークだ。

その代表的な作品が、陽水作詞・作曲の「飾りじゃないのよ涙は」で、明菜のシングルでは初めて、作詞と作曲が同一人物である。
アイドルがシンガーソングライターの曲を歌う際、作者の持つ強固な世界観の模倣で終わるケースが多いが、明菜の場合は、陽水の世界を完璧に自分のものにしている。

山口さんも本作に関しては「この曲もすごくよくできてますよね。アーティストになっている印象がある」とその表現力に驚く。この頃から明菜サイドのスタンスは、著名な作家陣の名前や世界観に頼ることなく、新進気鋭の作詞家や作曲家を積極的に起用する方針へ。

歌の世界も、少女の二面性から、女性の多面性を曲単位で表現していく方向へと変化していったのだ。