ビッグウェーブとは、高さ10m以上の波を指す。ビルの3、4階に匹敵する巨大なうねりを前に、「まるで地球が怒っているようだった」と語るのは、日本屈指のビッグウェーバーである中川尚大さん。彼が立ち向かうのは、ポルトガルのナザレ。世界でも有数の巨大な波が打ち寄せる海岸として知られている場所だ。
「10m以上の波では、ジェットスキーの牽引で波に乗るトーインサーフィンが主流です。速度は60km/hにも達し、ワイプアウト(転倒)すると、簡単に骨折します」
ナザレの波は、条件次第で20m以上。年に数回しか訪れない、すべての条件が揃う日“The Day”には、ギャラリーも大勢詰めかける。2023年12月某日、エルニーニョ現象の影響で大波が期待できるその日、中川さんは相棒が運転するジェットスキーで沖へ向かった。
「しかし、次の瞬間です。海上で準備中にやってきた想定外の大波に僕らは呑み込まれました。相棒は岸に打ち上げられて救急搬送、僕のサーフボードは行方不明。一瞬でした」
慢心があったわけではない。この日のために入念な準備をし、チームとともに技術を磨いてきた。それでも瞬時にすべてを呑み込んでしまうのがビッグウェーブなのだ。幸い、中川さんの元へは別のチームが駆けつけてくれた。
「助けてくれたのは、僕が父のように慕っているナザレの重鎮、アリマオさんでした。海上で僕を拾った彼が言うんです、“ここで一本乗ったら日本の未来が変わるぞ!”って」
このサイズの波が立つコンディションに、かつて日本人が居合わせたことはない。乗ればグッドストーリー、乗らなければ、ただ事故しただけ。お前はどっちなんだと問いかける。背後から、15mの大波が来た。

「そこからのことは、0.1秒単位で覚えています。波の轟音、圧倒的なパワー、波が大きすぎて左右どちらにブレイクするのかもわからない。乗り切ったと確信できた瞬間、雄叫びを上げました」
岸に上がると仲間の無事も確認でき、ハグを交わして生きている喜びを噛み締めた。ビッグウェーブは一回一回が命懸け。その感覚に脳が痺れちゃって、と中川さんは笑う。
「都会で死を意識する瞬間ってほとんどないですよね。裏を返せば、それは生を実感していないのと同じこと。常に危険と隣り合わせで、この上なく生を実感できるのがビッグウェーブなんです。ようやく夢の20m級が見えてきたところ。まだまだ挑戦し続けますよ」
中川さんの冒険を感じる旅先へ

日本からはヨーロッパの主要都市などを経由してリスボンの空港まで18〜35時間。そこから約120km北上したナザレはポルトガル定番の観光地だ。「ビッグウェーブを見たいなら、10月〜3月がおすすめです。サーフスポットと岬を隔てた南側の海は穏やかで、夏には海水浴客で賑わいます」(中川)