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名古屋・丸の内で食好きに噂される料理店〈山猫軒〉

東海道メガロポリスの中心部に位置する影響か否か、名古屋には強烈な個性と周囲を巻き込むほどの圧倒的パワーを持つ人が多い。食好きに噂される料理店もまた、一度訪れたら絶対に忘れられない独創性に満ちていた。

Photo: Mina Soma / Text: Keiko Kodera

注文の多い料理店

名古屋には愛知県芸術劇場や四季劇場、御園座など、大小さまざまな劇場があるが、食好きがこぞって目指す“劇場”といえば、丸の内エリアの裏通りに佇む雑居ビル内に店を構える〈山猫軒〉だ。

目立つ看板もなく、小さく描かれた“山猫軒”の文字を見つけて「本当にここでいいのだろうか」と半信半疑で年季の入った階段を上る。扉を開けると、そこは確かに飲食店の設えで、カウンターのなかで店主の伊藤新作さんが出迎えてくれる。“劇場”といっても、ここには華美な装飾はいっさいなく、店内にはあまたの冷蔵庫(その数なんと24台!)と、カウンターを取り囲むローラー付きの事務椅子、段ボールまでもが、無造作に置かれている。

BRUTUS 名古屋の正解 〈山猫軒〉丸の内 店内の写真
スタートからエンジン全開。終盤になっても伊藤さんは“絶口調”だ。「正しくおいしさを伝える者の使命です」

電話で予約をした際に「うちは他所のレストランと違って、お洒落な空間とか、そういうのを求める人には向いてないですけど、大丈夫ですか?」と確認されたことを思い出す。

「スタート時間はその日の最初に予約をしてくれた人に合わせるので、18時半からでいかがでしょう?」

最初のやりとりからすでに一筋縄ではいかない店という予感はあったが、その物言いは高圧的でもぶっきらぼうというわけでもなく、ほかの店が事前にアレルギーの有無を尋ねるのと同じように〈山猫軒〉ならではの“確認作業”なのだ。

そして迎えた予約日の18時半。定刻通りに次々と客が来店し、カウンターはみるみるうちに満席に。全員が揃ったところで店主からいくつかのインフォメーションが告げられる。ワイングラスのスワリングは禁止、お酒のお代わりの合図はカウンターの上段にグラスを置くなど、細かなルールはすべて、この店での時間を最大限に楽しむためのものだ。

名古屋 丸の内 山猫軒のワインラインナップ
シン・クア・ノンやスクリーミング・イーグルのセカンドフライト、ジョン・コングスガードなど、ワインは400銘柄を揃える。
名古屋 丸の内 山猫軒のワインメニュー
店主直筆の“ランチョンマット”。

本能レベルでおいしいと感じる料理が次々に

料理は初めてならば、ベーシックな¥15,000のコースを。お酒のおまかせは(1)¥3,000と(2)¥5,500、(3)12,000が用意されており、5〜30㏄ずつ無理なく注がれるお酒はいずれも好きなタイミングでお代わり自由。(2)と(3)の一部のワインに関しては、お代わりは有料になるが、特に(3)に関しては、思わず笑ってしまうほどアンビリーバブルなワインが登場する。

伊藤さんの前口上が終わったところで、料理が客のもとへ。全国から届く旬ものを盛り込んだ料理は極めてシンプル。だが、日本ではここでしか味わうことができない白フカヒレや、幻の和牛として天然記念物に指定されている見島牛など、超稀少食材をとてつもなくおいしい状態で提供してくれる。

15,000円のコースの一例

名古屋 丸の内 山猫軒 コース料理
15,000円のコースに2度登場する八寸。明石の針イカ、一色町のトリ貝、長崎の穴子など全国の旬が一皿に。

「蛤のお椀は身を一口で頬張って。最低3回に分けてスープを飲むと味や食感の変化がよくわかりますよ」。

気がつけば、食材のバックグラウンドや、食そのものの在り方を滔々と語る伊藤さんの口上にすっかり惹き込まれている。

“開演”から約3時間。店を後にすれば残るは不思議な高揚感。これは夢か幻か。ただ、十分すぎるほどに満たされた腹と心が「魔法のような時間はすべて現実」と教えてくれる。