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〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚の居住空間。穏やかな光と静けさに包まれる、パン職人の家

自分にとって心地がよく快適な場所とは、どんな空間なのだろう。気持ちのいい場所で自分のペースで過ごす時間は、何物にも代えがたいものだ。

初出:BRUTUS No.961「居住空間学2022」(2022年5月2日発売)

photo: Tetsuya Ito / text: Tami Okano

楽しく、健やかに暮らせる住環境こそが人生を支える

パン職人、長屋圭尚さんの朝は早い。朝というよりも、それはまだ夜で、店を開ける日に起きる時刻は、午前の1時。2階の居室から1階の工房に下りて仕込みを始めるのが午前2時頃。月明かりの下、食べた人に「喜んでもらいたい」という思いでパンを焼くから、店の名は〈月とピエロ〉という。

長屋さんが住まいと工房と店舗を一つにした「家」を持ちたいと考え始めたのは、2017年のこと。実家の納屋を改装し、パン屋を営み始めて2年ほど経った頃のことだった。以前から気になっていた実家の隣の土地が買えることになり、意を決して憧れの建築家、中村好文に手紙を書いた。

「わかっていたのは、僕らの心や体の状態が良くないと、おいしいパンは作れないということ。妻には疾患があり、パン作りは体力仕事でもある。2人でパンを焼いて生きていくと決めた以上、僕らが楽しく、健やかでいられる住環境こそが大切なんだ、という強い思いがありました。だから家はどうしても、信頼する建築家に建ててもらいたかったんです」

その思いを受け止めた中村の設計により、手紙を書いてから4年後の2021年に、大きなパン窯を家の中心に据えた、住まい兼工房兼店舗が完成。1階の東側と2階に置かれた住居部分は、どの部屋も窓の大きさと光の入り方が絶妙で、穏やかな雰囲気が漂う。

天井高を抑えたダイニングなど、各空間のボリュームも動線も、違和感がまるでなく、「ここに住んでから、心の揺れも落ち着いているんです」と妻の由香里さん。

この家の「穏やかさ」を形作っているのは、2人が集めてきた家具やアートでもある。色鮮やかなわだときわのリトグラフ、素朴な線とカタチが魅力の松林誠のドローイング、ヴィンテージで見つけたプルーヴェの照明やヤコブセンのキッズチェア……よく選ばれた物が、必要な量だけ、ゆったりと置かれているのも心地よい。

「美しい物を見ると嬉しくなる。そういう気持ちがパンにも表れる。家が支えるものの大きさを、暮らしながら日々実感しています」