建築家・藤原徹平が案内する長野県〈信州 善光寺〉。民衆の祈りが作る都市

荘厳で美しく、そして静かに佇むありがたい日本の伝統建築。これらを現代建築の目線から見直してみると、むしろカッコイイという言葉が当てはまります。例えば、五次元の世界に誘われるような錯覚に落ちる江川家住宅土間の天井の木組み。生きながらに極楽を体感できる浄土寺 浄土堂の舞台演出法は、最新のテーマパークでも成し難い感動を与えてくれます。伝統建築は、古くて、実は新しいんです。現代に生きる我々を魅了してやまない古の匠が造った古建築。その見方、歩き方、楽しみ方を案内します。

Photo: Keisuke Fukamizu / Illustration: Yoshifumi Takeda / Text: Yuiko Sugiyama

あらゆる人々を受け入れる巨大本堂、
寛容な思想が生む開かれた全体空間。

長野市の中心に位置する善光寺。建築は巨大で堂々とした風格だが、周囲を見渡すと遠くからの参拝者や地元の子供たちが大勢集い、遊び場のような賑わいだ。江戸時代には「一生に一度は善光寺参り」と言われる庶民の参詣の地だった。特定の宗派や檀家を持たず、当時女性が参詣できた貴重な存在だ。

「善光寺の魅力は、一つの寺が都市を作り上げたことです」と藤原徹平さんは語る。伽藍(寺院の建物群が構成する場所)が南から北へ移動して生まれた参道沿いの空白地帯に、後に仲見世と宿坊が造られ、今も残る都市の骨格となった。「しかも参道の終点には長野駅がある。現代の都市の構造とつながった古建築という珍しい例です」

国宝に指定されている本堂は間口約24m、奥行き約54m、高さ約26mという破格の大きさ。東大寺などに次ぐ世界最大級の木造建築だ。藤原さんが注目するのは奥行きの長さから生まれる横面のボリューム。伽藍が造営されたのは644年だが、現在の本堂は1707年に再建されたもの。

藤原さんが感嘆の声を上げながら「ゴシック教会のように、人々を受け入れるために大きくなっていったのでは」と語るように、参拝者が土足で入れる板敷きの外陣の広さは、江戸時代の庶民信仰の賑わいを反映している。さらに内々陣の床下には「戒壇めぐり」の設備もあり「教会やモスクのような空間の奥深さがある」。

長野県〈信州 善光寺〉重要文化財の経蔵
重要文化財の経蔵(1759年建立)内部にある大きな輪蔵は、押して回すことで功徳が得られるという。参加型施設の多さは江戸時代のテーマパークといったところか。

「東大寺は国の威信を示すための大きさだが、善光寺は人々の祈りの思いを受け入れるための大きさ。戦国時代が終わり、平和を願う思いが表れている気がします」

塀がなく、外に開いているのも特徴だ。駅と参道がつながっているため、近所の通勤・通学路としても使われている。「同じ7世紀に造られた法隆寺と対比して考えると面白い。法隆寺は塀の中に古い建物がそのまま残っているのに対し、善光寺は本堂がどんどん拡張し、ついには都市にまで広がりました」と藤原さん。

「宗派や男女の区別がないという意味でもオープンで、近代社会の思想と合致している稀有な存在」と語る。

善光寺 伽藍内部構造マップ


現在の長野の都市作りの核となり得た、周囲に外壁のない開かれた伽藍内部構造。

仁王門と山門の間を通る道の両側には宿坊と仲見世が連なり、長野市中心部の基盤を作っている。
「川の堆積でできた緩やかな坂道の参道も魅力。自然とつながっている感覚になる」と藤原さん。シークエンスの変化も楽しい。