無数の星を体で感じるために
満天の星という表現を実際に体感するためには、さまざまな条件をクリアしなくてはならない。大きくは3つ。晴天であり、空気中の塵や水蒸気が少なく、都会からの人工光が届かないこと。
長野県には、これらの条件を満たしやすいスポットがいくつも点在していると、「長野県は宇宙県」連絡協議会の代表、大西浩次さんは言う。県内で天体観測の旗振り役として活動する天文学者にキャッチコピーの真意を聞いた。
「まず標高の高さが挙げられます。アルプスをはじめ峻険な山が連なっていることもあって、長野県の平均標高は1,000mを超えます。例えば諏訪湖の標高は759mで、北東部の霧ヶ峰高原まで行けば1,500m以上。標高1,000mを超えると雲海の上に出るので、水蒸気も塵も減るんです。県内のほぼすべての町から1時間も車で走れば、山登りをせずともそんな環境が待っている。適当に近くて、ほどほどに離れているんですね。となるとその日の天気に合わせて、今日はどちらの方角に行こうかと選ぶこともできるんです」
しらびそ高原(飯田市/南信州)
同時に、1,000mを超える山が遮ってくれるために、大都市圏からの光も届かない。この好条件を満たす長野には、それゆえにいくつもの天文台関連の施設があり、中でも特異な存在となっているのは、「電波天文学の聖地」と呼ばれる国立天文台野辺山。1969年の開所以来、世界中の研究者が訪れている。
「ミリ波と呼ばれる電波を観測できる、世界最大規模の45mのパラボラ型の望遠鏡があります。星間分子という炭素系の分子が出している非常に微弱な電波を狙うんです。野辺山は、標高1,300mにもかかわらず、南アルプスや八ヶ岳などに囲まれて電波という点では非常に弱い。比較的アクセスしやすい研究施設として、この場所以外あり得なかったんです。ほかにも広範囲を観測できる東洋唯一のシュミット望遠鏡を備えた東京大学木曽観測所、日本で一番大きなアンテナで小惑星探査機はやぶさなどの通信を行っていたJAXAの臼田宇宙空間観測所など、宇宙関連の研究施設も多いんです」
野辺山高原(南牧村/佐久)
国立天文台野辺山の研究チームは、チリのアタカマ砂漠にあるアルマ望遠鏡の設立に関わるなど、世界に通用する天文学の基礎を築いている。また、裾野は民間へも広がっていて、日本で最も古い天文学の同好会〈諏訪天文同好会〉は2022年に創立100年を迎える。大西さんは、観光誘致だけでなく、自身の愛する天体観測の素晴らしさを共有したいと考えている。
戸隠高原(長野市/長野)
「長野の星空と聞くと“日本一の星空ツアー”を謳う阿智村を思い出すかもしれません。阿智村は、星空観光の大成功例です。ゴンドラがあって、晴れてても曇ってても楽しめる。そのような星空観光もいいけど、純粋に天体観測を楽しむならば、その日の天候に合わせて、どこに向かうのが最適なのか決める、というのが“正解”のように思います。一度、真夜中の素晴らしさを体験してみてほしい。暗闇に目が慣れ、星が一つずつ見えてくる体験をしたら、私と同じようにやみつきになるはずですから(笑)。そして星が溶けていくように消えていく夜明けもぜひ知ってほしい。夜明けは希望を感じると言いますが、本当に自分が生まれ変わるような感覚を得られるはずです」
大西さんは、しばしばライトを消して、夜の森を歩くのだという。すると草の匂いを嗅ぎ取り、動物の気配に敏感になって、次第に五感が開かれていく。地球から宇宙を眺めるためには、そうやって感覚を開く必要があるのかもしれない。やはり満天の星は、全身で体験するもの。