「日常の人々」
久々の旅行にウキウキしながら新幹線に乗り込んだ瞬間。己の持つキャリーバッグのデカさにビビる。夫と私、2人分の荷物が詰まったそれは棚に上げるには大きすぎたのだ。そうはいっても車内は満席に近い。その辺に転がすわけにもいかないから、私達は協力してキャリーバッグを担ぎ上げた。
なんとか棚に乗っかったものの飛び出ている。隣の席に座っていたおじさんは心配そうにキャリーを見つめた後「ちょっと危ないかもね」と言った。そう言われても他に方法が……途端に冷や汗をかく。
すると私の後ろの席に座っていたおじさんが「あっちに置き場があるから、そこが良いかもよ」と助言をくれた。隣の席のおじさんも「そうだ、あっちに置けますよ」と続ける。いやでも、予約とかしてないんだよ。あれってなんか手続きいるみたいじゃん?
不安に思いながらも2人のおじさんのあまりにリズミカルな声に後押しされてキャリーを引きずる。お、置ける!北陸新幹線って予約してなくても荷物置き場を使えるのか。全然知らなかった。ホッとして席に戻り「置けました」と伝えると、2人は嬉しそうに「でしょう」と笑った。
平日の午前。2人のおじさんはきっちりとしたスーツに身を包んでいる。彼らにとってこの新幹線は仕事で、日常なんだろう。そこに、見るからに浮かれた観光客が現れたら。私は彼らのように振る舞えるだろうか。そんな余裕、持っているだろうか。
自分の日常は、誰かにとっての非日常で、だから日常側の人間として、非日常に手を差し出す。その連なりで全ての旅行はできているのかもしれなくて、幸先の良いスタートに胸が高鳴った。