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長井短「優しさ告げ口委員会」:親戚付き合いな人

演劇モデル、長井短さんが日常で出会った優しい人について綴る連載エッセイ、第36回。前回の「柿配る人」も読む。

text & illustration: Mijika Nagai

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「親戚付き合いな人」

大晦日のことだ。煮しめの材料を買い終えた私は、夫にコーヒー豆を頼まれていたことを思い出した。この辺り、豆屋ないんだよなぁ。ふと思い出したのは、数週間前に行った近所のカフェだった。酸味の強いあそこのコーヒー、豆も販売してなかったっけ。

でも流石に大晦日だしと思いながら向かってみると、可愛らしいブルーのネオンが灯っている。よし。店内に入ると、大晦日の夕方だというのに満席だ。忙しそうに軽食を作るお兄さんに豆の販売はあるか聞くと、200gならあるという。

よかった。カウンター越しにバターの良い匂いがして、小腹減ったしチュロスも持ち帰れないかと注文すると、今日はもう作れないとのことだった。残念だけど仕方ない。

鼻にティッシュを詰めた人のイラスト

支払いを済ませ、匂いだけでもしっかり楽しんでおこうと鼻をスンスンしながら待つこと数分。洒落た袋に入ったコーヒー豆を手渡された。随分重く感じる。「余りも入れちゃいましたので」。はにかむ店員さんの鼻の穴には、何故かティッシュがぶっ刺さっていた。

思わず「え、大丈夫?」と聞くと「はは」とまたはにかむ。それから「これならあったのでどうぞ」とワッフルをくれた。ちょっと待ってよ、いくらなんでもサービスが過ぎない?親戚じゃないんだからさ。

思わず笑うと彼も笑った。「鼻お大事に、良いお年を」と言うと、彼はおそらく彼の母国語で「良いお年を」と言った。明日は元日。まもなく訪れる新年を前に、私たちの気分は高揚している。

たまにはこうして、他人と親戚付き合いもいいかもしれない。受け取った親しみをさて、私は誰に手渡そうかと思いながら家路を急いだ。

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