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長井短「優しさ告げ口委員会」:柿配る人

演劇モデル、長井短さんが日常で出会った優しい人について綴る連載エッセイ、第35回。前回の「掛け算の人」も読む。

text & illustration: Mijika Nagai

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「柿配る人」

リンドンと玄関チャイムが鳴って、はて?何か頼んでいたっけ。引っ越してきたばかりのこの街は、まだわからないことだらけ。一歩一歩地盤を確認するみたいに暮らしている。受話器を取ると、聞き覚えのある声がした。

「一〇一の者ですが」。

途端にびっしょり汗をかく。何かこのマンションのルールを破った?マンションに独自ルールはつきものだ。知らないうちに破ってしまったか?

「あ、すいません」。

口は勝手に謝罪を出力。一〇一のおばさんは、住人の中でも一番顔を合わせる人だった。エントランスの掃除をしてくれる大家さんのような人で、たぶんここに住んで長いんだろう。この人に嫌われるのは非常にまずい。どうしよう、どうやって挽回しよう。

おばさんのイラスト

「あのね、庭で柿が取れたから、悪いんだけど取りに来てもらえますか」。独りよがりな逡巡を停止させたのは柿。「柿、いつも配ってるんですよ」。

慌てて上着を羽織り1階へ。そこには、パンパンに膨らんだビニール袋を持ったおばさんがいた。

「これね、毎年あげてるんです。お礼はいらないからね」。

お礼を言って袋を受け取る。重い。何個入ってるんだろう。

「寒くなってきたから、気をつけてね」。そう言って部屋へ帰っていくおばさんを見送った私は胸がいっぱい。

フィクションだと思ってたご近所付き合い、本当にあるんだ。顔がわかる、人がわかる、すると前よりもっと家がわかる。ここの温かさって、日当たりだけじゃなかったんだ。他人の生活、その温度が建物丸ごと温めている。ああ、いいなあ。安心するなあ。私もこれから、マンションを温める人間の一人になっていきたい。

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