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長井短「優しさ告げ口委員会」:切り上げる人

演劇モデル、長井短さんが日常で出会った優しい人について綴る連載エッセイ、第27回。前回の「気づきの人」も読む。

text & illustration: Mijika Nagai

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切り上げる人

地元の居酒屋で飲んだ時のことである。小さな店内はぎゅうぎゅうで大繁盛だった。

テーブル席が2つと、カウンターに7席くらい。その全てが埋まっていて、常連さんと新規が入り乱れる混沌とした空間。ざわめきも含めて店内の居心地はよく、楽しく飲んでいた時、また新しいお客さんがやってくる。

店主は申し訳なさそうに「空いたら電話するね」と言っていた。この店がここまで混むことは珍しいことだった。大好きな店が賑わっていて嬉しいな、でも大変そうだなと心配していると、カウンターに座っていた常連のおじさんが動く。

長井短 優しさ告げ口委員会 切り上げる人のイラスト

「お会計」と言うその人は、いつもならもっと長く店に鎮座している人で、こんなに早く帰るなんて珍しい。店主が「バタバタしててすいません」と言うとその人は「俺はいつでもいいから」と言って、店内を笑顔で見つめた。顔馴染みの人に挨拶しながら足早に去っていくその人の背中から漏れる飲兵衛の凄み。玄人にしか繰り出せない優しさだった。

混んでいる店内は楽しい。初めてこの店にくる人たちはきっと、その雰囲気をイコール店の雰囲気だと思うだろう。でも実際はそうじゃなくて、日によって店の雰囲気は違う。今日ここにある、ハッピーな雰囲気を、常連のおじさんだってもっと満喫したかったはずだけど、その楽しみを新規に回すことでこの店の潤いを後押ししたのだ。

「人のためにすることは結局巡り巡って自分のためになる」って、炭治郎の声が聞こえる。まさかあんた……!今目の前にある楽しさを人に譲ること。私はまだまだできそうにないけれど、いつかこんな風に「お会計」と言いたいものだ。

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