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長井短「優しさ告げ口委員会」:忘れない人

演劇モデル、長井短さんが日常で出会った優しい人について綴る連載エッセイ、第15回。前回の「雪かきの人」も読む。

text&illustration: Mijika Nagai

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絶対に会ったことあるなと思いながら撮影は進む。五億パー会ったことがある。でもそれは今から五年以上前のことで、だから彼が私を覚えているとは思えなかった。彼はカメラマン、私は小さな俳優の一人。私にとってカメラマンは一人だけど、彼にとって俳優は何百人もいるのだ。

あぁどうしよう。なんて挨拶をするべきだろうか。「お久しぶりです」と言えたらいいけど、彼が私を覚えていなかったら気まずい思いをさせてしまう。かといって「はじめまして」というのも嘘だ。参った参ったと思いながらレンズに見入ったふりをしていると、視界の端で何かが揺れる。

それは手で、彼の手で、久しぶりに会ったそのカメラマンさんは私を覚えてくれていた。困った私に手を差し伸べるように、柔らかな笑顔をこちらに向けて手を振っている。カットと同時に私は彼に駆け寄って「覚えててくれたんですか」と言う。彼も同じように「覚えててくれたの」と言う。

長井短「優しさ告げ口委員会」:忘れない人

私はもっと笑顔になる。これ以上の笑顔はない。次の一言で私の顔はほとんど裂ける。「あれから見てたよ。頑張ってるね。見かけるたびに嬉しかったよ」破顔。なんてことだろう。私は百二十分の映画のうちのほんの数分でしかない。だから覚えていないだろう。

そう思っていたのに、彼は覚えていてくれて、しかもずっとどこかから見ていてくれたのだ。「忘れないよ、楽しかったから」。彼の一言で、私は映画作りの素晴らしさを感じる。みんなで作っている。全ての小さな一秒のために、数百人が汗をかく。そんな時間は忘れようがなくて、私はこれからも、忘れられない瞬間を繰り返そうと誓う。

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