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長井短「優しさ告げ口委員会」:髭剃りの人

演劇モデル、長井短さんが日常で出会った優しい人について綴る連載エッセイ、第10回。前回の「真夏の人々」も読む。

Text&Illustration: Mijika Nagai

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9月は夫の誕生日で、私はずっと前から髭剃りをあげようと決めていた。子供の頃、ママがパパへの誕生日プレゼントとして髭剃りを贈っていたのをなぜか私は強烈に覚えていて、いつか自分もと思っていたのだ。そうと決まれば電器屋さんに行くだけだ。

髭を剃らない私には電気シェーバーの良し悪しはわからないから、店員さんにとにかく質問しよう。物おじせず、堂々と、聞け……!到着した電気シェーバーコーナーは閑散としていた。髭剃りにも季節があるんだろうか。ひとまず商品を見て回る。往復式、回転式、ロータリー式……は?意味がわからない。必死に商品説明を読むけれど「5枚刃ァ!」と言われても凄さがわからないし、何を手がかりにしていいのかさっぱりわからなかった。早く……誰か来てくれ……

祈りは通じて「お探しですか?」と声がかかる。振り返ると小柄な中国系の女性店員さんが立っていた。女、女性〜!大丈夫だろうか。私は女。あなたも女。お互いに髭剃りを使う機会はほとんどないだろう。機会のない者同士がここで話し合っても「よくわかんないよね〜」って笑いあうしかできないのでは?不安を覚えながらも「プレゼントで、結構しっかりした髭剃りを探していて」と言うと、女性は「そうですね〜でしたら」と言って私を別の棚に案内する。

「ここのシェーバーは確実です。大体みんな満足します」と言う彼女の瞳には力強さが宿っていて、私は前のめりになる。「1個前の型が今すごく安くなっているんですけど、最新式と大して変わらないのですごくお得です。全然変わらないのにすごい値引きしてます」。続けてそう言った彼女はクスクス笑って、私はその商売文句に見事に釣られる。

「変わらないんですか?」「はい。それにここのメーカーはずっと評判がいいし信頼があります」「なるほど」「わからないけど間違いないと思います」。わからないけど間違いない、という矛盾して聞こえる言葉が私に刺さる。

確かに、私たちにはわかりようがない。でもデータとか口コミとかを分析するに、間違いはない。嘘のない、誠実な言葉だと思った。実感を伴うことができないからこそ、情報を丁寧に追う。そうじゃないと説明できないことがある。当事者か否かに厳しい社会の中で、当事者じゃないからこそできることを見つける彼女の接客はかっこよくて、どんな立場でもその立場なりにできることはあると知る。私はまんまとお会計。夫はとても喜んでくれた。ありがとう髭剃り姉さん。

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