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長井短「優しさ告げ口委員会」:真夏の人々

演劇モデル、長井短さんが日常で出会った優しい人について綴る連載エッセイ、第9回。前回の「お寿司ちゃん」も読む。

Text&Illustration: Mijika Nagai

外に出られなくて人に会えなくて、優しさを忘れてしまいそうになる夏だった。本当に何もできなかったな、夏。暗い気持ちになってしまい、気持ちが乱れると生活リズムも乱れる。朝日が出ると寝て、正午に起きる自堕落な生活をなんとかしたくて、刺すような夕日の中をスーパーに買い物に出かけた。家事を丁寧にこなせば、何もない一日を愛せるんじゃないかと思ったのだ。

家からスーパーまでは徒歩10分弱で、住宅やコインランドリー、接骨院などなどいろんな建物とすれ違いながら進む。いつも買い物に持っていくのより一回り大きいIKEAのバッグを持って歩くのは気分が良い。あと少しでスーパーってところに、古い中華料理屋がある。

コロナが流行する前に数回食べに行ったことのあるお店で、60代くらいのご夫婦がやっている小さなお店。頼んでみないとどんな料理なのか分からない、圧倒的中華感が好きで、たくさん通って常連になりたいと目論んでいたけどその夢は休憩中だ。店のドアは開いていて、前を通ると店内が丸見えになった。

長井短

「仕込中」の札が掲げられていて、店内にお客さんの姿はない。そこには、タンクトップ姿でテレビを見る調理担当のお父さんと、配膳担当のお母さんが死ぬほど寛いでいる景色だけがある。え、仕込みは?足を止めて張り紙を見ると「緊急事態宣言につきランチ営業のみです」と書かれていて、どうやら今日の営業はすでに終わっているらしかった。

片付けが終わって休憩しているんだろうか。薄暗くて狭い店内でダラダラと、派手なうちわをくるくる回しながら、天井近くに設置されたテレビをぼーっと眺める2人は、夏だった。空間も人間もそこに差す光も、全部が夏でできている。見つめていると、お父さんが私に気づいて視線をこちらに投げる。まずい。ジロジロ見てた。

会釈をしようか立ち去ろうか迷っていると、お父さんはなんでもないみたいに視線をテレビに戻す。瞬間、私は新しい優しさを知る。「こんにちは」とか「暑いですね」って言葉を交わすことも嬉しいけれど、お互いの存在を確認して何もしないことは、存在を許されているように感じる。

私がここにいること。あなたがここにいること。そこが一つの街であること。関わりがないように見えても、私たちは共存していて、みんなで夏を作っている。できることが減ったのなら、もっと目を凝らしてみればいいのだとわかった私は、人の気配から夏を感じようとスーパーに歩みを進めた。