飛び出し注意の人
夫の亀島くんと二人で私の実家に荷物を運んだ帰り、わナンバーのレンタカーはご機嫌斜めみたいでエンジンがなかなかかからない。いつまで経っても機嫌の直らない車を鼓舞しようと、Apple Musicで『頭文字D』のサントラをかけると、亀島くんのご機嫌まで斜めになる。
車内に重低音のビートとレーザーみたいな旋律が響いて、性格の暗い私たちにはあまりにも不釣り合いな EDMが馬鹿馬鹿しい。車は陽キャだったみたいで、EDMに合わせるみたいにエンジンがかかった。
ようやく動き出した車は、立体駐車場ならではの急カーブを慎重に降りていく。「ヘアピンカーブだ!」。私の叫び声に合わせるみたいに、一周、二周、三周、四周したところで出口にぶつかって、辺りが暗くなり始めていることに気づく。
黄昏時の運転は危険が多いと聞くから、もう少し緊張感のある音楽に替えようと携帯に手をかけた時、急ブレーキで車が止まった。ハッとして前を見ると、目の前に若い男が立ちはだかっている。……え?なんで?こわ。
後悔しているうちにも、男はどんどんこちらに近づいてきて、遂に窓をノックされた。緊張した面持ちで、でも覚悟を決めて、亀島くんは窓を開ける。「ライト、ついてないっすよ」。男はハスキーボイスでそう告げて、さっさと彼女の元へ戻っていった。
慌てて亀島くんがライトをつける。後ろからクラクションの音がして、私たちは焦ってその場を去った。急いで開けた窓から「ありがとうございます〜」と叫ぶと、男は軽く手を上げた。え、かっこいいんだが?
亀島くんが言うには、その男は私たちが駐車場を出ようとした瞬間、車の前に走り込んできたという。命知らずじゃん。だって、もしうちらがヤバい奴だったら轢いてるからね。
そんな危険を顧みず、他人の為に車に立ちはだかるなんて……あの武田鉄矢だって、好きな人の為だからできたのだ。他人の為にあれができるかと考えると難しい。知らない人の為に、迷わず声をかけられる彼の魂は、彼女の金髪とお揃いの黄金の魂。