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ブランディングディレクター・福田春美の棚。「作為のない美しさを、思い出させてくれる場所」

一人として同じ顔がないように、同じ道を歩む人生がないように、棚もまた一様ではなく、千差万別の「私」を映し出す。並べられているものが、高価なものじゃなくたっていい。並べ方が整然としていなくったっていい。それよりも、何を見て、何を大切にしてきたか。私的空間の棚を前に、聞きました。

photo: Tetsuya Ito / text: Masae Wako / edit: Tami Okano

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作為のない美しさを、
思い出させてくれる場所

ひっそり静かな都内のマンションの、のびやかな空間に棚が並んでいる。一つはここ数年でどうしようもなく好きになった木彫り熊や中国茶の茶器の棚。もう一つは大量の本と神棚がある「本棚神棚」だ。

「熊の棚は自分の巣みたいな感じ。“本棚神棚”は軸になる場所かな」
そう話す福田春美さんの主な仕事は、新しく立ち上がるホテルやショップのブランディング。

「ホテルの客室に置く器を提案するのにも、なぜ、誰のためにコレを選ぶのか、どんな効果が望めるのかを、全部数値化して言語化して理詰めで説明する責任がある。打ち合わせ1回ごとに100ページの資料を作って臨むんです」
当然、仕事の場では緊張もテンションもマックスになるけれど、「ここへ帰ればいつもの棚と、理由なんてなくても好きなものが目に入る。心から救われます」。

棚は自作。東急ハンズで買った奥行き30cm前後の板と角材と箱を、部屋に合わせて組んだだけ。

「カッコいい家具にすると、景色が持っていかれちゃうので」と、10年ほどこのスタイルだが、そこに詰まっている本やアートピースの中には、20年30年という時間を共にしてきたものも多い。「本棚神棚」に飾られているのは、現代美術家マーク・ゴンザレスの彫像やオノ・ヨーコの作品「A Box of Smile」。まだお金がなかった若い頃に勇気とお財布を振り絞って買ったもので、その時の気持ちが、今も自分の中心と繋がっている。

ブランディングディレクター・福田春美の自宅/本棚神棚
部屋の奥にある「本棚神棚」。経験だけでは得られない広がりを仕事にもたらす多くの本と、20代で買ったマーク・ゴンザレスのアートピース3体。神棚はシンプルなものが欲しくて通販で購入した。榊立ては〈出西窯〉。

「それでね、ちゃんと仕事ができて日々の生活が送れていることへの感謝を、心で思うだけじゃなく態度でも示せる人間でいたいと思って、神棚を祀ってます。数年前から日本各地を旅することが増えたのですが、陶芸家や彫刻家などものを作る方々が皆、神棚を日常に取り入れている。その姿を見て素敵だなと思ったんです」

旅に出ることが俄然多くなったきっかけは、北の文化や景色に惹かれてハマったこと。数ヵ月に1度は北海道を訪ね、帯広、根室、別海、東川と巡るそうで、旅先で出会った木彫り熊や北方民族ウィルタの木偶(人形)“セワ”が、室内の棚にも玄関の棚にも丁寧に並べられている。網走の〈大広民芸店〉の先代が作ったものから、十勝の高野夕輝や別海町の渡辺北斗といった新進作家の作品まで、いわば「一人北方民族博物館」。

「ウィルタの末裔である作り手のことを知りたくて網走の博物館を訪ねたり、牛飼いをしながら木彫りを続ける作家と家族ぐるみの付き合いをしたり。彼らの物語や背景に流れる地域文化を、少しずつ持ち帰ってレイヤーのように棚へ積み重ねている。そこには、私が人生の目標にしている“作為のないこと”がある気がするんです」

旅の前日はうれしくてうれしくてしょうがないと福田さんは言う。
「それでも東京に戻って棚を見ると、私の場所はここにあるんだなってホッとします」

生き方や仕事の「軸」であり、
自分に戻れる「巣」でもあり

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